3月31日、渋谷区で「渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例」が可決しました。この条例は、条例案が提出される際に同性パートナーシップ証明書の発行が明記されていることが話題になっていたものです。条例案提出後、反対派によるデモを行われるといった動きも見られています。この「パートナーシップ証明書」とは一体何なのか。そして同性婚が認められているフランスと比較して、何が不十分なのか。フランスで同性婚をされたタレントの牧村朝子さんにインタビューを行いました。
パートナーシップ証明書は同性婚じゃない
―― 渋谷区で同性パートナーシップ制度を認める条例案が可決されました。これによって、渋谷区営住宅への同性同士の入居などが認められるようになりました。これは同性婚を認める制度ではありませんし、いろいろと問題点も指摘されていますよね。例えば、証明書を発行する際に公正証書など公的な書類を揃える必要があること、また、そうした書類を役所に出すということは、渋谷区に「私は同性愛者です」とわざわざ言うということですが、なぜそうする必要があるのか? などです。まずは今回の同性パートナーシップ制度について、牧村さんのお考えをお聞かせください。
牧村 一番大きいのは、日本の行政が初めて同性パートナーと生きている人がいるということを認知したことだと思います。今までは、例えば国勢調査で「同性同士で一緒に住んでいます」ってチェックを入れたら誤記扱いにされちゃうとか、教科書に「思春期になると異性に惹かれるようになりますよ」って書かれていたりとか、同性愛者がいないことにされてきたんです。
だから条例ができた意味は大きいんですけど、正直、証明書自体が欲しいかというと別に「いらなくね?」って思っています(笑)。だって今回の条例では、証明書を取得するために公正証書を作らなくちゃいけないでしょ? その公正証書があれば渋谷区じゃなくても、別のどの自治体でも、「パートナーシップ証明書で出来るようになる」と言われていることって出来ちゃうんです。
ただ、今回は証明書に逆らって差別的な扱いをした事業者の名前を公表するって言っているんですよね。それは公正証書ではやられていなかったことです。
―― ポジティブな評価をするとしたら、渋谷区が同性同士で生きている人がいることを認めた点と、そうした方を差別した場合の罰則が設けられた、この2点というわけですね。日本で同性パートナーシップ制度や同性婚の議論が交わされるとき、諸外国の制度が参考にされます。牧村さんはフランスで同性婚をされていますが、フランスには1999年に施行された「PACS」という、性別に関係なく成人同士が一緒に生きていくことを契約する制度があります。そして2013年に、同性婚が認められた。ふたつの制度の違いを教えてください。
牧村 PACSと同性婚にはいろいろと違いがありますが、「ビザ」「養子」「離婚」「貞操義務」の4つが大きな違いだと思います。
まずビザについて。結婚をすれば外国人であってもほぼ確実にビザが下ります。でもPACSの場合、「考慮する」とあるだけで、約束はされていないんですね。ですから一度、労働ビザなどでフランスでの共同生活の実績を作ったあと、その証拠をもって役所に申請する……という比較的ややこしい手続きになります。それから養子の場合、結婚すれば当然、双方に親権がありますが、あくまで個人と個人の契約であるPACSだと、片方にしか親権がない。
フランスは日本と違って離婚するのが大変です。弁護士を立てて、双方の同意を取って、裁判所に行ってようやく離婚になる。それがPACSだと、片方が「やめます」と言えば、それだけで契約終了になるんです。一番面白いのは貞操義務ですね。結婚すれば、パートナー以外との性的関係は不倫になりますが、PACSは個人と個人が一緒に生きていくという契約ですから、どこで何をしようと勝手なんです。
―― どちらが良いかというよりは、まったく違う制度と考えたほうがよさそうですね。いずれにせよ、どちらも渋谷区の条例に比べたら出来ることがたくさんある。
牧村 そもそも今回のパートナーシップ証明書は渋谷区の条例で、PACSも同性婚も国の法律ですからね。私はフランスで妻と暮らしていますが、日本では異性同士の結婚しか認めていないので、妻に配偶者ビザが下りません。これは今回の条例では解決しないんです。
―― 渋谷区以外の自治体でも議論が始まりつつあり、そうした動きが国に繋がっていくことも期待されています。日本でも同性婚を導入して欲しいとお考えですか?
牧村 婚姻制度がある限りは、欲しいですね。私は「同性婚を作ろう!」というよりは、まるごと日本の婚姻制度を考え直したほうがいいと思っているんです。だってぜんぜん平等じゃないでしょ。女性だけに再婚禁止期間が設けられていたり、結婚できる年齢が男性は18歳から、女性は16歳からだったり。今の時代に合っていないと思うんですよね。その1つに異性間でしか結婚できない、というものがある。だから同性婚だけを私は望んでいるわけじゃありません。
日本とフランスの反対派は同じことを言っている
―― 同性パートナーシップ制度の条例案が渋谷区議会に提出されることになってから、反対派がデモを行うなどの動きが見られました。フランスでも同様の動きはあったのでしょうか?
牧村 そうですね。渋谷区のデモよりももっと大きいものがありました。渋谷区とフランスのデモを同列に語ることはできませんが、反対派が言っていることって面白いように同じなんですよね。「家族制度が壊れてしまう」とか「同性婚を認めたら獣姦とか一夫多妻制も認めるようになる」とか「同性同士に子育てをさせたら性的虐待をするだろう」とか。
でもね、「そもそもフランスでの反対デモに参加してる人って、同性婚に反対している人は少なかったんじゃないの?」って思っています。象徴的だったのが、あるキャッチコピーの中に、「私たちは仕事が欲しい。同性婚じゃないんだ」というものがあったんです。この人は、失業対策よりも同性婚を先に認めた政府に対して怒っているのであって、同性婚そのもののことはあんまり考えてない。もちろん「同性婚は本当に良くない!」って考えている人も少なくはなかったんですけど。
―― 日本同様に法整備が整えられていなかった時代もあり、また反対派も少なくはなかったわけですよね。それがどうして同性婚を認めるようになったのでしょうか?
牧村 フランスって「自分たちが人権という概念をつくったんだぞ!」って自負があったんですよね。
―― 18世紀にフランス革命が起き、「フランス人権宣言」が出されたという歴史がありますからね。
牧村 ですから、世界的にLGBTや同性愛が人権問題として議論されていく風潮の中で「人権という概念をつくった国が、同性婚を認めてないなんて……」って空気があったんだと思います。だから他の国からの影響が強かったんでしょうね。
フランスは勝ち戦だったんですよね。フランスは日本と違って国民が直接投票で大統領を選ぶでしょう? 同性婚を認めたオランド大統領は、出馬した時点で「同性婚制度を作ります!」って公約を掲げていたんですよ。そのオランド大統領が国民投票で受かったということは、もう勝ち戦ですよね。でも一年くらい国民に分かる形で具体的な動きを見せなかったので、「なにやってんの感」はありました(笑)。焦らされて、焦らされて、今か今かと待っていたら「ドーン!」と法案が出て可決したんです。
―― 日本の場合は、そこまで順調には行かないかもしれませんね……。怖いな、と思うのが不十分であれパートナーシップ証明書が認められ、問題が可視化されたことで、変化を恐れた人たちの揺り戻しが起きてしまうことです。フランスではこのようなバックラッシュはありましたか?
牧村 うーん、一時期ありました。殴られて顔がボコボコになった男性カップルとか、女性同士のカップルが水を掛けられたりとか。同性婚が認められたあとは結構大変でした。きっとPACSのときも同じようなことがあったんだと思います。
―― 牧村さんご自身もフランスで生活されていてそういう経験はあるんでしょうか?
牧村 ありますよ。妻と道を歩いていたら変なことを言われたり。でも日本だってそうですよね。男同士が手をつないでるだけでツイッターに晒されたりとか。
―― 今まで以上に差別的な行動がみられるようになってしまったら元も子もないと思うんです。それを回避する、あるいは少しでも差別を解消していくために何が出来ると思いますか?
牧村 「どうしてそう思うの?」って質問を、メディアでも個人レベルでも重ね続けることなのかなって思います。同性愛者にヘイトを持っている人たちは、PACSや同性婚が公に認められたことで、自分の意見を言った瞬間に差別主義者扱いされてしまうことへの恐怖を持っていると思います。「同性愛者は性的虐待をする!」「家族を壊してしまう」ときには「人類が滅亡してしまう!」と本気で信じている。それを笑わないで、「どうして?」と質問を重ねて、相手の話を引き出すことが大事だと思うんですよね。
結果的に返ってきた言葉が私に理解できないものだったということは往々にしてあります。お互い日本語で話しているはずなのに「わかんない! 通訳欲しい!」って思うことも(笑)。でも、フランスでも日本でも「自分の意見を聞いてくれる人がいるんだ」って思っているのは感じます。それだけ、自分の意見が言えなかったのだと思います。
でもね、これはすごく手間がかかりますし、そもそもどうしてマイノリティ側に説明責任を負わせるんだという批判もあると思います。ただ、別にマイノリティだけじゃなくて差別意識のない人が「どうして?」と質問したっていい。マイノリティとマジョリティの問題ではなくて、ヘイトを持っている人に、持っていない人がどう接するかという話だと思います。
そもそも「結婚」ってなに?
―― 牧村さん自身、制度が整っていないことや差別によって、生きづらさを感じられてきたと思います。日本では未だ十分に制度が整っていない中で、そしてこれから制度が少しずつ整っていくかもしれない中で、生きづらさを抱えている人に対して、なにかメッセージをいただけませんか?
牧村 うーん……「肩書きを生きない」かなあ。私はテレビでレズビアンだということを発言して、「日本初のレズビアンタレント」という肩書きを付けていただいてから、「レズビアンがいるということを、この日本社会に訴えていかなければ!!」みたいに肩肘張って生きていたんです。周りからは「日本初のレズビアンタレント」って見られるし、私も「レズビアンとしてどう生きるか」を意識していた。ダラっとした気分のときも「いやいや、レズビアンとして見られているこの私が、こんなみっともない行いをしたら、レズビアン全体のイメージが悪くなってしまう!」みたいなね(笑)。
そうする中で、ふと「レズビアンってそもそもなに?」って思うようになったんです。レズビアンと言われる人の中にも、いろいろな人がいるわけですよね。誰かひとりがレズビアンを代表して生きていくことなんてできない。おこがましいことだって気がついて、私は私として皆さんに楽しんでいただくのが仕事なんじゃないかって立ち返ったんです。「私は女だからこうしないといけない」「レズビアンだからこうしないといけない」って、自分に当てはまる肩書きに従って自分の行動を決めてしまうと、息苦しくなっちゃうんです。自分が何をしたいかに行動基準を置いて、自分を生きるのが大事です。
―― ありがとうございます。最後に、今回の条例のポイント、そして読者に注目していただきたいポイントをお話ください。
牧村 渋谷区の条例は、「同性婚条例」「パートナーシップ条例」と報道されていますけど、全然そんなことありません。「日本で同性婚が認められたことではないんだよ」ということをまず知ってほしいです。
それから、このことを「同性愛者の人たちのこと」と切り離さないでください。これはいわゆる当事者側も、非当事者側の人たちにも言いたい。私も結婚のことで困るまでは、空気や水と同じように、「結婚」というものが当たり前にあると思っていました。でも、実際に結婚のことで困るようになってから、日本の婚姻制度が異性同士に限られているのかが不思議になりましたし、国によって婚姻制度で認められている範囲がぜんぜん違うことを知りました。日本の婚姻制度は、日本に住むいち構成員として考えることだと思います。そうした中で、今回の条例をきっかけに、「そもそも結婚って何か」というところまで考えて欲しいです。
(聞き手・構成/カネコアキラ)
■牧村朝子さんご活動告知
▼京都精華大学での講演
http://www.kyoto-seika.ac.jp/info/assembly/2015/first/makimura2015/
▼書籍「まんがで綴る百合な日々」巻末対談で著者のネギたぬさんと対談
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▼マンガ「同居人の美少女がレズビアンだった件。」でも、PACS~結婚までの経緯が描かれています
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