荻上 それでも、中学生になったらやはりまた通えなくなっていますね。
棚園 中学生になれば、またゼロから始められるんだって勝手な憧れがあったんですよ。でも実際に行ってみたら、みんな同じ真っ黒な制服を着ていることに驚いて、立ちくらみすら覚えてしまった。しかも授業を何教科か受けたら、あんなに頑張って勉強してきたのに、全くついていけない。田舎の実家から寄留して都会の学校に行ったので、レベルが高かったのかもしれません。それで心が折れちゃいました。
荻上 「小1プロブレム」と「中1ギャップ」があるとよく言われますよね。小学校1年生までは各家庭教育の格差などがつきやすい時期で、4月の段階で既に、文字を読める子と読めない子がクラスにいる。落ち着いて授業を受けられる子もいれば、集団生活になじめない子もいる。家庭教育の格差が、学力や自信など、様々な格差に繋がってしまいもする。そこから人間関係を組み立てるのにハードルがある。中学校1年生もまた、学業が難しくなり、人間関係もリセットされる。これまでの社会関係が一気に変化する時期なんです。いじめの認知件数が最も増える時期でもあるので、中1デビューはハードルが高い。
棚園 確かに、僕は別の地区から寄留してきたので同じ小学校出身の友達がいなかったんですよね。出身学校が同じ子たちでグループになっているから、そこに切り込まなくちゃいけなかった。「しまった!」って思いましたね。「これは、いろいろなミッションをクリアしていかないといけないぞ……」って。
荻上 当時の若い頭だと、「ヤバい、アウェイだ。どこかのグループに所属しないと!」なんて言語化はできませんよね。「居場所がないな……」とか、「誰かに声掛けようかな、でもそんな勇気ないし、変に思われちゃうかもしれない」みたいなモヤモヤとした戸惑いが漂っている。ミッションをこなしていくのは相当難しいと思います。
いじめ対策に必要な、「いじめ予防」と「早期発見・早期対応」
荻上 不登校の児童に対する特効薬ってないんですよね。不登校児は年間10万人はいるのですが、10万人をひとつの方法論でなんとかするなんて無理です。
棚園 そうでしょうね。
荻上 一人ひとり、いろいろな事情を抱えて、それぞれの課題がありますから、ニーズにマッチした支援に繋げるまでにどうしても時間がかかってしまう。だからこそ、社会のオプションの数が問われてくるんです。選択肢が多ければ多いほど、マッチする可能性は高まります。
棚園 どのような支援があるんですか?
荻上 平成18年に文部科学省が、不登校児のその後の人生を調査したことで(「不登校に関する実態調査」~平成18年度不登校生徒に関する追跡調査報告書~)、不登校児の何割が進学をして、何割が働いて、何割が引きこもっているのかが把握できるようになりました。
棚園 つい最近ですね。
荻上 ええ。それを見ても、支援はまだ不十分。今の段階では、はっきり言って家庭環境と運でその後の人生が左右されてしまう。いじめについては、今でもモヤモヤしたものはありますか?
棚園 いや、ないんですよね。「いじめ」って言いますけど、僕が特別いじめられっ子だったわけじゃないんですよ。たぶん当番制みたいになっていて、次はこの子、今度はあの子って巡っていく。どこか当たり前ようになってしまっていました。
荻上 国立研究政策研究所が、「陰口」とか「殴られる」「ものを隠される」といった、学校での「嫌がらせ行為」の被害経験、加害経験を聞いた調査をしています(国立教育政策研究所生徒指導研究センター『いじめ追跡調査 2010-2012 いじめQ&A』)。それによると小1から中3までの9年間で、9割の人がどこかのタイミングで「嫌がらせ行為」を受けている。だからおっしゃるとおり、当たり前の風景なんです。ただ、これを「いじめを受けた経験はありますか?」と聞くと、いろいろなデータはありますが、3割程度になる。
棚園 9割から3割にまで減るんですね。
荻上 ええ。つまり9割の人がなんらかの嫌がらせ行為を受けている中で、一定期間嫌がらせのターゲットとして固定されたりするなどして、「いじめを受けた」と自認する人も出てくる。その上に、長期的でハードないじめがあるといった具合に、学校内の生徒間ストレスはある程度ピラミッド構造でとらえられますね。