―― 育児の面で父子家庭だからこそ困ることには何があるのでしょうか?
安藤 父子家庭に限りませんが、育児って3歳くらいまでがまずしんどいんですよ。よく病気するから仕事を休まないといけないし、家で見ている時間もとにかく手がかかる。男性の育休もまだまだ広まっていないし、かといって仕事を辞めるわけにはいかないから、時間も足りないし、子育てと仕事を両立すると負担が大きいんですよね。小学校の高学年になると、子供がひとりで時間を過ごせるようにもなるから、だんだん楽になるんだけど。
それから娘を持つ父子家庭の場合は、思春期になると生理とか、下着の問題に直面すると聞きます。お父さんが知識を持っていないこともあるし、娘もそういう話を父親とすることを嫌がるケースも多い。
―― どうやって問題を解消するんでしょう? 学校に相談するとか?
安藤 地域のお母さん方と繋がっておくと、ママ友として面倒をみてくれるケースがあります。だからシングルファザーには、なるべくPTAとか地域の集会には出て、家庭の事情をある程度話して理解してもらった方が良いよって言っています。
誰かと繋がることが大事です。男性って、自分でなんとかしようと抱え込んじゃうんですよ。2013年に江東区で、4人の子供をもつシングルファザーが子供の一人を虐待死させてしまった事件がありました。あのお父さんも子育てに熱心だったという話だけど、辛い局面もあったと思います。それを我慢して抑圧を抱え込んでいたから爆発してしまった。毎日、ご飯作って、洗濯して、掃除して、子供の学校の準備をして、宿題もみて、仕事いって……これをずっと一人で繰り返している。孤独だし、日々の不満のはけ口がない。もう限界だったんだと思います。
―― 孤立していることがストレスの原因になっているわけですね。
安藤 そう。家事や育児をしながら仕事をするのはもちろん誰でも大変なんだけど、彼らは家事だけで疲れているわけじゃないんですよね。ご飯だって掃除だって、やっているうちに上手くなります。彼らにとって最も大きなストレスの要因は世間の目や職場の目です。男性が育休とるとまだ珍しがられる社会ですからね。冷ややかな目で見られるからどうしても肩肘張って頑張っちゃう。
悩みを抱えていない父子家庭なんてありません。NPO法人「全国父子家庭支援連絡会」には、子供を寝付かせたシングルファザーから夜中に悩み相談の電話やメールがくるらしいです。でも実効的な支援としてはもっと身近な地域の人たちが手を差し伸べることが大事かと思います。地域の子供を守り、育むためにも。
つまらない仕事では、会社に戻らない
―― 父子家庭になった理由は、離婚が74.3%、死別が16.8%とあります。安藤さんの実感はデータと一致しますか?
安藤 ほぼ一緒ですね。最近よく聞くのは、夫が家のことを顧みずに仕事ばかりして、不満を抱えた妻が家を出てしまうケース。「もう無理です。子供たちのことはよろしくお願いします」って置手紙を残して。あとはママが産後うつになって実家に戻って子供は夫がみて、そのまま離婚してしまったり。実情は多様化してます。
子供が生まれたお父さんに対して、僕はセミナーでこう言います。「想像してみて。明日、妻がいなくなったら子供抱えながら仕事できますか?妻がずっと家に居てくれると思ったら間違いだよ。」って。
―― そこでハッとして行動を変えられる人はあまりいない気がします。
安藤 気付くのは2割くらいかな。まあなってみなきゃわからないんだよね。
―― 変わりたいけど、仕事が忙しくてどうにもできない人も少なくないのでは?
安藤 そうでしょうね。ただ働き方にも無駄があると思います。仕事を朝方に変えるとか、長文のメールを打たないで3行くらいにして、さっさと上がれるようにすれば、時間を作ることはできるよね。待っていても時間なんて出来ないんだから、自分で作らないと。
それに子供が寝付いてから帰宅したってできることはあるんです。ストレスの溜まった妻の話を聞いてあげたりさ。育児家事はあまりやってくれないけど、話をちゃんと聞いてくれる夫にはお母さんの不満は溜まりにくいんです。心の余裕ができれば、母親だって翌朝も子供と笑顔で向き合える。これは子供にとってもいいこと。家事育児で大変な妻を受け止め認めてあげることは実は立派な間接育児なんですよ。
でも日本の男性はそういうことを教わらないままに父親になっているし、子供ができたら家長・大黒柱として仕事をがんばっちゃう。だから僕はそういうお父さんのことは責めません。悪いのは「お父さんの中に刷り込まれている古い意識のOSと、職場の働き方OSが古いことだよ」って言います。
―― 安藤さんは働き方を変える必要性を主張されています。いま政府は女性を労働力として活用しようとしていますが、けっきょく「男性なみに長時間働ける女性」を生み出そうとしているようにしか見えません。働き方そのものが変わるわけではなく、労働者の対象が男性だけでなく(男性なみに働ける)女性にまで広がったにすぎないように思います。
安藤 政府が批判されているのは、女性が男性なみに長時間働かなくちゃいけないとキャリアを積めない方向性で議論しているからです。でもそれは間違い。女性に活躍してもらいたいんだったら、これまでの男性の働き方、長時間労働や休暇が取りづらい状況をなんとか変えないと。欧米の諸国のように夕方には仕事を終えて家族と夕食が食べれるような社会にしたいですね。これから日本は少子化で労働者の数も減るんだから、時間制約のある社員でも働きやすい環境と働き方の改革をしないといけませんね。
―― messyは女性の読者が多いのですが、女性についてはいかがでしょうか? 女性の専業主婦志向が増えているという話もあります。
安藤 女子大で授業してるけど、やっぱり専業主婦志向の学生がまだ多数いるんですよ。自分のお母さん世代に専業主婦がまだ多いから、そこがロールモデルになっているのでしょう。その時代のOSが再生産で刷り込まれている感じ。「男性に養ってもらおう」「物事は男性が決めるものだ」ってどこかで思い込んでいる若い女性はまだ多い気がします。
女性がやりがいのある仕事に就けないっていうのも問題です。就職したのに単純な誰でも出来るような仕事ばかりさせられたら、出産したら「子供育てるほうが私にとっては重要な仕事だ」って思ってしまうでしょう。
逆に独身時代に面白い仕事をして男性と同じように評価されてきた女性は、子供を産んでも育児が落ち着いたら会社に戻っている。だから企業における女性への支援って出産後だけじゃなくて、その前にどれだけ面白い仕事がさせていたかが重要な点だと思います。そういう女性は育児する男性をパートナーに選ぶでしょうしね。
―― 男性もそうですが、言われただけではなかなか気がつけないのでは。
安藤 誰かに言われてもなかなか変わらないのは男性も女性も一緒です。アドバイスとしては、自分でキャリアデザインして、どうすれば幸せになれるのかを考えてみることです。昔みたいに結婚すれば経済的に安定するなんてことはありえません。もし都内のマンションに暮らして子供を育てたかったら年収600万くらいはいるでしょう? でも30歳で年収600万円以上の男性なんてめったにいませんよ。女子大でそういう現実的な話をすると「困ります」なんて言われるけど、「いやいや、だったら君も働けばいいんだよ。二人あわせて700万くらいの収入があれば、そこそこな生活ができるよ」と教えています。子育てに養育費や教育費でどれだけのコストがかかるのかを考えたら、おのず答えは出ると思うんですが。将来、子供が欲しいと思っている人は、どうして結婚するのか、どうして子供が欲しいのか、そして子供が幸せになるにはどうすればいいのかを一度パートナーになる人とじっくり話し合って考えて欲しいなと思います。
(構成/カネコアキラ)
安藤哲也(あんどう・てつや)
1962年生まれ。二男一女の父親。出版社、書店、IT企業など9回の転職を経て、2006年にファザーリング・ジャパンを設立。「育児も、仕事も、人生も、笑って楽しめる父親を増やしたい」と、年間200回の講演や企業セミナー、父親による絵本の読み聞かせチーム「パパ’s絵本プロジェクト」などで全国を飛び回る。子どもが通う小学校でPTA会長、学童クラブや保育園の父母会長も務め、“父親であることを楽しもう”をモットーに地域でも活動中。 2012年には社会的養護の拡充と児童虐待・DVの根絶を目的とするNPO法人タイガーマスク基金を立ち上げ、代表理事に。現在、寄付集めや全国で勉強会の開催を手掛ける。著書に『パパ1年生~生まれてきてくれてありがとう』(かんき出版)、『できるリーダーはなぜメールが短いのか』(青春出版社)等多数。
1 2