社会

事故扱いされる議員の「育休」。議員はスペシャルでなければならないのか? 怒れる女子会@越谷

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議員はスペシャルな存在であるべきか?

三浦 ここからは参加された皆さんと一緒に、議員が育児で休むことについて掘り下げましょう。特別職である議員が、育児を理由に休むことはいかがなものかという意見が多々あったかと思います。

―― 「育休」といっても、長期、中期、単発などいろいろあると思います。それは別個で話すべき問題ではないでしょうか。

山田 そうですね。そもそも今回の議論は、議員の欠席理由に「事故」と「出産」だけでなく、「育児」も追加すべきだ、というものでした。期間についての議論はしていなかったんです。出産すればしばらくは赤ちゃんの世話をしなくてはいけません。単発の育児が認められれば、長期休暇が必要ないかという話でもないんです。ここはセットで話しあっていくことが必要なんじゃないかと思います。

―― 女性だけでなく、男性も育休をとれなくてはいけませんよね。そのときに「事故」ではなく「育児」という名目がきちんとあるほうが、休みを取りやすい。管理職が率先して育児休暇をとるような「イクボス」がいる企業がありますから、議会でも育休を取る議員がいてもいいのではないでしょうか。

三浦 普通に働いて、普通に育てられる社会にすることが必要だと思うのですが、あまりにもワークライフバランスが欠けていて厳しい現状がありますね。ここを変えるには声を上げていくしかない。議会の場合、市民に選ばれているという難しさがある一方で、議会が率先して変えていくということもありえると思います。

ヨーロッパの場合、赤ちゃんを抱えて議会に入ることもありますし、母乳を与えなくてはいけないときに議決することになった場合は代理を出していいと認められている例があります。またまとまった休みを取る時には、代理人が議会に出席するという制度もあるんです。選挙の時に、「代理はこの人です」と明らかにして投票してもらうケースもあるでしょう。いまある制度の中でやるのではなく、制度を工夫して余裕のある社会にしたほうが、みんなが得するのではないでしょうか。

山田 それから議員は誰も休みたいなんて思っていないんですよ。毎日情報がいっぱい入ってくるし、議会に出ないとその分遅れが出てしまう。新人だったらなおさらです。でもそのあたりは汲み取られていないんですよね。これは議会に限らず、社会に通じているものだと思います。

三浦 「たくさん欠席する議員のことはあとで有権者が判断する」という一方で、有権者が政治に無関心であるという現状もありますよね。投票した議員が、どのくらい議会を欠席しているのか。無関心とどうやって戦っていくかもテーマだと思います。

山田 そうですね。あと閉会中に議員が何をしているのかを追求する人もいらっしゃらないですよね。欠席の数だけにこだわるだけでなく、普段何をしているのかチェックしないといけないと思うんです。

三浦 山田議員は普段何をされているんですか?

山田 私は新人議員ですから、勉強をしたり、セミナーに出たり、関心のあるテーマについて調査に行ったり、所属している会で活動をしたりしています。産休や育休をしていても出来ることはあるんです。勉強も出来るし、子どもをつれて外に出たときに、同じ当事者であるお母さんの声に耳を傾けることも出来る。これはハンディではないと思います。

三浦 普段から勉強している議員であれば、鋭い質問をしたり、いろいろな声をくみ上げたりしているのだと思います。そのことを有権者が知れば、投票率も変わってくるかもしれませんね。松田さんはいかがでしょうか。

松田 いま県議会議員がLGBTについて問題発言をしたことが話題になっていますが、きっとまわりにLGBTがいないと思っている人なんだと思います。私は選挙に出たとき、男性として生まれて、今は女性として生きている方にウグイス嬢をやっていただきました。昔は同性愛や性同一性障害は病気の一種で、治療をすればいい、親の育て方が悪かったといわれがちでした。そういう人たちの声を届けていくことが仕事だと思っています。また育児について言えば、よく「社会復帰」って言い方をしますよね。この概念をなくしたいと思っています。子育て中だろうとなんだろうと社会には貢献していると思うんです。日々そういうことを考えています。

―― 「女性」が問題になることは、突き詰めると女性と男性に違いがあると考えているのだと思います。もちろん子宮の中で胎児を育てられるのは女性だけであるといった違いはあります。ただ「女性には母性がある」と言われるけれど、本当に女性だけのものなのか。女性と男性の違いを無思慮に認めている感じに危惧を覚えています。

三浦 「ジェンダーステレオタイプ」と言いますが、男らしさ・女らしさという固定的な通念を小さいときから言われてきていますよね。「女らしい」ことが自分の自信になることもあれば、「男性らしくない」と言われて傷つくこともある。自分を規定しているひとつでもあり、一方でそうした通念を嫌だと思っている人もいます。こうしたステレオタイプとどう折り合いを付けていけばいいのかはすべての人が悩んでいる問題だと思います。

政治の中で言われているのは、政治は男性の仕事だと思われてきたので、政治家としての素質がある人は男性らしい人だとされてきたんですね。統率力があるとか、ある種攻撃的であるとか、決断力があるということがポジティブなイメージで使われます。でも女性でそういう力を持っていたらどうでしょうか? 女らしくないって言われませんか? 女らしいというのは、思いやりがあって、労りがあって、人の心に敏感に反応する優しい人などを思い浮かべますよね。

「政治家=男性的なもの」という固定観念を持ってしまうと、女性はリーダーになれません。女性が大統領や首相になり、戦争をするといった判断をしなくてはいけなくなったときに、決断する度胸があることを示さなくてはいけません。しかしそういうことばかりしていると今度は「冷たい女」「鉄の女」などと「女性としてよくない」というネガティブキャンペーンが張られてしまう。男性は男性らしさを演出していればリーダーになれるのに、女性は女性としても素晴らしく、「政治家=男性」としても素晴らしいことを求められてしまうんですね。

山田 私自身は家事が苦手で、子どもと遊ぶのも得意ではありません。でも「子育て世代を売りにしている」と言われてしまうんですね。女性の声を代弁する女性議員ってテイを求められます。そういう部分もありますが、それだけじゃないんだよなあ、って思うんですけど。

三浦 巧みなワナですよね。「母親は男性にできないから、母親の役割ならいいけど、男の領域には入ってこないで、母親の領域をやっていろよってことですよね。でも公共事業についての議論に女性が入るのは当然のことです。他方、有権者で女性議員に「母親」を求める人がいることも事実です。独身女性で子どもがいない人に比べて、結婚していて子どもがいる人のほうが有権者に訴えやすい。独身女性が出にくいことになってしまいますよね。

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