保護者の経済的理由や虐待などによって家庭で育てられなくなった子どもたちが預けられる児童養護施設は、18歳で施設を退所しなくてはなりません。ただでさえ不安な新生活にもかかわらず、子どもたちは頼る人も、制度もないまま、自立を迫られるのです。児童福祉保護法改正の議論とともに、施設出身者の進学率の低さに注目が集まっていますが、本当の問題はどこにあるのでしょうか。児童養護施設から社会に巣立つ子どもたちの自立支援をしているNPO法人ブリッジフォースマイルの植村百合香さんにお話を伺いました。
――児童養護施設にいる子どもたちはどのような理由で入所しているのでしょうか。
植村:みなさんがイメージするような、親の死亡・行方不明で天涯孤独に……という子どもは1割もいません。一番多い理由は育児放棄(ネグレクト)を含む親からの虐待です。そのほかにも、貧困、親の疾患、拘禁といった理由から、親が養育できなかった子どもたちが児童養護施設に入ります。「社会的養護」が必要な子どもとされ、現在4万6000人が児童養護施設や里親のもとで暮らしています。
――親は存命だけれど、一緒に暮らせない子が多いのですね。孤児院のようなイメージがありました。
植村:1970年代までは、保護者の死亡・行方不明が4割近くをしめていました。40年前の古いイメージのままの人が多いのかもしれませんね。2000年に児童虐待防止法が施行され、社会で児童虐待について関心が集まり、児童相談所における児童虐待の相談件数が大幅に増加していることも背景にあります。
植村:実際に、8割ほどの子どもが、親と連絡を取っています。家族との縁が完全に切れているわけではないのです。正月やお盆休みに帰省し、一緒に過ごすこともあります。実際は施設と家を行ったり来たりしているのが現状です。
施設の平均在所期間は、平均して5.2年です。生活保護家庭だったけれど親の仕事が決まって落ち着いた、親の病気が治り退院できたなど、問題が解決したら基本的には家庭に戻ります。
児童養護施設にいる多くの子どもたちは、高校卒業とともに施設を退所します。ですから、それまで親元に戻れなかったということは、親の力に頼れないことを意味します。もちろん、18歳で家庭復帰する子もまれにいるのですが、ほとんどが一人暮らしを始めます。
――親の力に頼れないと、どのようなことが問題になるのでしょうか。
植村:いざというときに、頼る先がありません。一般的には、お金がないときに、少し家族から融通してもらったり、家賃が払えないほど困窮したときも実家に身を寄せることができるでしょう。もし、進学や就職で失敗しても、実家で1カ月くらい休めば、「また頑張ろう」と前向きになることもできるますよね。
でも、施設を出た子どもたちには、逃げる場所がないのです。病気になったり、仕事を失ったり、詐欺や脅迫などの犯罪に巻き込まれてしまうと、すぐに大変な事態に追い込まれてしまいます。
そのときに、かくまってくれたり、相談できる大人の存在があればいいのですが、彼らは大人とのネットワークをつくる力が弱い傾向にあります。というのも、6割の子に被虐待経験があり、大人をうまく頼ることが苦手なのです。
施設の職員さんは一生懸命育ててくれますが、自分だけの親ではない。自分の親だったら多少迷惑をかけられますが、施設に顔を出しても、職員さんがほかの子を相手に忙しく働いていることは分かっています。自分だけが職員さんに迷惑をかけるわけにはいかない。だから、一人で抱え込んでしまうのです。
若い彼らが困ったとき、大人との関係は重要です。同世代の友達は、数日家に泊めることはできても、根本的な解決ができるわけではありません。きちんと問題を解決できる力を持っている大人に対して、早めにSOSを出すことができればいいのですが、彼らはそれができないのです。
――「親を頼れない」とのことですが、18歳で施設を出てからの親との関係は、どのようになっていくのでしょうか。
植村:これは、非常に難しい問題ですね……。親の力に「頼れない」だけならまだいいのですが、親が子どもの人生を邪魔することもあります。
18歳で、進学や就職をして、本人は前向きに人生を歩もうとしているのに、ギャンブルに使うためのお金を子どもにたかりにくる親もいます。今までは、施設の中にいたので、周囲の大人がクッションになってくれました。でも、一人で生活すると、自分の親との複雑な関係に正面から向き合わざるをえなくなるのです。厳しい言い方ですが、はたからみると、18歳まで迎えにこなかったわけだから、その子と親がうまくいくことはあまりないでしょう。でも、「今度こそうまくいくのでは」と子どものほうにも期待がある。だから、親にたかられてお金を渡してしまう子もいますし、自分から会いに行く子もいます。でも、欲しい言葉なんてもらえないから、「やっぱり自分は愛されていないんだ。」とまた傷ついてしまう。
せっかく前向きに頑張ろうとしていた子だったのに、親との関係でメンタルがぐらつき、進学をあきらめてしまったケースもあります。育てることはしなかったにも関わらず、関係性は親子のままだと思い込んでいるのかもしれません。親の言う事を聞いて当たり前だと。だから、いつまでも干渉してくる。
――安倍政権では三世代同居を進めていくなど「伝統的家族」への回帰を目指そうとしている動きがあります。今のお話を伺っていると、その「家族」って本当に信用できるのだろうかと疑問に思います。
植村:政策そのものについての是非は分かりませんが、「伝統的家族」へ回帰することは、なんだか時代に逆行しているように見えます。性別や血縁を超えた新たな家族の形を望んでいる人に配慮されていない気がしますし、親子の関係を典型的な形に当てはめてしまうことにならないでしょうか。「子どもは親のもの」という思い込みも、そんなところから生まれそうです。
親、とくに母親が、子どもを愛して育てることが当たり前となっていますよね。この価値観は、親と子を苦しめていると思います。「愛されなかった自分が悪いんだ」と子どもは自分を責めてしまうし、「愛せない自分が悪いんだ。」と親も苦しめることになる。
児童虐待の背景にも、母親の育児ストレスがあります。誰かに相談なんてできっこありません。虐待行為の6割は実の母親によっておこなわれており、思い通りにいかない子育てに悩んでいるケースが多いんです。
親が子どもを育てられないこともあるし、家族は崩壊することがある。その事実から社会は目をそらしている。育てられないなら、社会で育てればいい。なにがなんでも親が育てなければならない価値観は、誰しも自分で自分の首をしめているように思います。「親は子どもを愛し育てる」という思い込みが、それを享受できない子どもを傷つけていると思います。
――児童福祉保護法の改正案が閣議決定され、注目されています。施設にいられる年齢が18歳から20歳に引き上げられるという話もありますが、どのように影響しそうでしょうか。
植村:もともと、延長措置は設けられており、最大で20歳までは施設にいられることになっていました。しかし、実際は施設に余裕がないため、「18歳の5月まで」「19才の8月まで」と子どもの状況をみて施設の裁量で対応していたのです。それが一律で20歳に引き上げられ、予算がついたのは歓迎できることだと思います。
しかし、問題点は、18歳であろうが20歳であろうが、施設を出てしまうと急に支援がなくなってしまうことです。みなさんも自分がそれくらいの年頃だったころを回想してもらえればわかると思うのですが、親や頼れる人が周りにいない状態で自立するのは簡単なことではありません。
施設にいる間は、企業がテーマパークのチケットをたびたびくれるなど、普通の家庭より恵まれている面もあるのかもしれません。今まで与えられてこなかった分、機会を与えるのは、いいことですよね。でも、その支援はいつか打ち切られ、厳しい社会に一人で投げ出されます。施設を出たらこの支援がなくなるのがわかっていても、目の前の子どもの養育に精いっぱいで職員さんは手を打てません。段階的な支援が求められていると思います。
――児童養護施設の子どもたちは、施設を出た後どのような進路を歩むのでしょうか。
植村:専門学校や大学への進学が2割で、8割が就職をします。一般の高校生の進学率は71.2%ですから、かなり低い進学率だといえます。
私たちのアンケートによると、施設の高校生は36.2%が進学を「希望」していますが、「予想進路」を聞くと27.9%に減ります。さらに、学年が上がるにつれて「希望」「予想」ともに、就職と答える生徒が増えていきます。進学できないと諦めているんです。
というのも、当然ながら進学するにはお金がかかります。親に頼れない施設の子どもたちは、授業料だけでなく、生活費もすべて自分で稼がなければいけません。「目標がないから、とりあえず進学しよう」なんてかなり贅沢です。しかも、社会経験が浅く、親のサポートが得られない状態で、一人暮らしをしながらの進学になってしまいます。かなり険しい道です。
そのこともあり、施設の職員さんも就職を勧めます。高卒での求人はいまだにあり、高い確率で就職することができます。親だったら「あなたの人生だから、好きにしなさい」と言えます。でも、これは自分が最終的に支えられるから言える言葉なんです。職員さんは、親のように愛情を注ぐことはできますが、最終的に面倒を見れるわけではありません。
実際、施設出身者の中退率は高い傾向にあります。たとえば、進学したのだけど、「家庭が欲しかった」と、妊娠して出産したため学校をやめる子もいます。貸付型の奨学金を借りることもありますが、もし中退してしまうと、その子の手には負債だけが残ってしまいます。進学することは現状ではかなりリスキーだと言えます。
――施設によって、進学状況に差はあるのでしょうか。
植村:かなり違いますね。社会福祉法人とはいえ、施設は小さな中小企業が点在しているようなものです。経営がうまいところも苦手なところもあります。本人が進学を望めばほぼ100パーセント進学させる施設がある一方、大学進学者を一度も出したことのない施設もあります。
施設によって、子どもに接する職員の数にも違いがあります。社会福祉法人は子どもの数によって行政からもらえる予算が決まっているので、人員を増やしたり、職員にとってよりよい職場環境にするには自分たちに予算がないと難しいのです。職員数の余裕は、もちろん子ども一人ひとりへのサポートの厚さにかかわってきます。給付型の奨学金を施設自ら提供するところもあれば、職員さんが毎日精いっぱいで退所後のことまでなかなか手が回らない施設もあります。
子どもたちは、どこの施設に入るのか自分で選んで決められません。それなのに、どの施設に入るかで将来の選択肢の幅が限定されてしまうのです。進学できるかどうかもそうです。本来ならば、どの施設に入っても同じような支援が受けられるようになればいいですよね。施設と施設の差をなくすことも私たちの課題だと思っています。
――ブリッジフォースマイルでは、進学したい子どもたちにどのような支援を届けているのでしょうか。
植村:大学などへの進学者を卒業までサポートするプログラム「カナエール」をおこなっています。高校3年生から進学中の若者を対象にしたもので、スピーチコンテストへの出場を条件に奨学金を給付しています。
――スピーチコンテストですか? それはなぜでしょう。
植村:私たちはロールモデルづくりがしたいからです。「施設にいるからどうせ努力しても無駄」と思ってしまう子もいるんです。進学も多くの子がどんどん諦めてしまいます。活躍されている施設出身の方もいますが、特殊なガッツがある人だったりして、思いのほかロールモデルにはなりません。「あなただからできたんですよね。」と、なりかねない。でも、一緒に悪さして怒られたり、寝食ともにした先輩たちが輝いているのをみると、「頑張れば、自分の生きたいように生きられるかもしれない」と思えますよね。そんな先輩を増やすため、一人でも多く進学、卒業してもらえたらと、資金面と意欲面から応援するためにちょっと変わった仕組みにしました。
それに、施設のことを見たこともなく、一般家庭で育った人たちに話しても「そんな子本当にいるの?」と思われてしまいます。だから、顔の見える会場で、本人たちの口から夢や進学の思いを話してもらいます。子どもたちも、まだまだ偏見や勘違いの多い中で、施設出身者であることをカミングアウトできないまま生活しています。自分たちがどういう存在なのか、自分の口から語ることがほとんどなかったのです。
お涙ちょうだいの会にしたい訳ではないので、大変だった自分の過去を語る子もいれば、淡々としゃべる子もいていい。「かわいそうな子」と言ったほうが支援は集まるかもしれません。でも、支援を集めるために、施設の子を「かわいそうな子」にしていいのか。このあたり、子どもと社会の間に立つ役割としてはいつも悩ましいです。
子どもたちは生まれ育った環境は選べなかった。自分のせいではないのに、チャレンジできない状況に立たされている。周囲が応援して、自分が努力すれば未来を切り拓ける。選択できる。そんな仕組みを、提供できればと思っています。
(聞き手・構成/山本ぽてと)
カナエール夢スピーチコンテスト2016
児童養護施設や里親家庭から進学を目指す若者たちによるスピーチコンテスト。
120日間の準備期間、自分と向き合い続けた集大成を体験しにきてください。
チケット代は出場者の奨学金、プログラム費に充てられます。
横浜会場 6月18日(土)神奈川公会堂(神奈川県横浜市)
東京会場 6月25日(土)四谷区民ホール(東京都新宿区)
福岡会場 7月3日(日)黒崎ひびしんホール(福岡県北九州市)
詳細:http://www.canayell.jp/contest/