前回もお話したように、日本は女子教育の重要性に対する認識が薄く、それは政治家の発言から顕著に読み取ることができます。例えば鹿児島県知事の伊藤祐一郎氏が「女性にとっては三角関数よりも世の中の草花の方が将来、人生設計において有益になるかもしれない」という趣旨の発言をしたり、自民党・衆議院議員の赤枝恒雄氏が「親に言われて仕方なく進学しても女の子はキャバクラに行く」という趣旨の発言をしたりしています。
しかし、世界ではむしろ「いかに女子教育を促進できるか」が重要な政治的課題となっています。国連は「国連女子教育イニシアティブ(United Nations Girls’ Education Initiative: UNGEI)」の下で、各国政府が教育機会における男女平等を実現できるように支援をしていますし、アメリカ政府も「女子に教育を (Let Girls Learn)」の下で途上国の女子教育の充実を図るだけでなく、教育の投資収益率が特に高いと考えられているSTEM系(科学・テクノロジー・工学・数学)へと女性が進学することを大きな政策課題の一つとしてとらえています(Women in STEM)。
女子教育の促進が世界規模で行われている理由は、前回の記事で取り上げたように女子教育を行うことが「個人にとって得になる(私的収益率が高い)」のはもちろんのこと、「社会全体にとっても得になる(社会的収益率が高い)」ためです(教育投資の私的収益と社会的収益についての説明は前々回の記事をご参照ください)。さらに女子教育の多岐にわたる社会的収益は「地球規模課題を解決する切り札になる」とまで言われているのです。男子教育にはない女子教育特有の社会的収益とはいったい何でしょうか? 今回はこの点に焦点を当てて話を進めていきたいと思います。
女子教育が人口爆発を止める!?
現在地球上の人口は70億人を超え、2050年には100億人を超えると予測されています。人口増加のペースの速さに対して、食糧増産のペースは遅く、さらに天然・環境資源には限りがあると言われています。このままではいつか地球規模の食糧難や深刻な環境問題に陥ってしまうかもしれません。そのため人口増加をいかに食い止めるかが重要な地球的課題として認識されています。
上の図1からは、各国の合計特殊出生率(一人の女性が生涯に産む子どもの人数)と女子の中等教育総就学率の関係を読み解くことができます。図の右下に注目してください。中等教育就学率が高ければ高いほど(右に行けば行くほど)、合計特殊出生率が低くなっています。つまり中等教育に就学する女子が増えれば増えるほど、人口増加を抑えられる、ということです。
多くの途上国では女子の中等教育が政策課題になっているので中等教育を例で出しましたが、これは女子教育全般に当てはまると言われています。ではなぜ女子教育を拡充すると、人口増加を抑制できるのでしょうか? 3つのメカニズムが考えられます。
一つ目は第一子出産年齢の上昇です。女子がより長く教育機関に留まることで、その分だけ第一子の平均出産年齢が遅くなります。そして第一子の出産年齢が遅くなれば、第二子、第三子を妊娠・出産する期間が短くなるでしょう。結果的に生涯に産む子供の人数は減ることになります。
二つ目は子供を持つためのコストの上昇です。教育を受けた女性ほど賃金が高くなります。そして賃金が高い女性ほど育休・産休を取った時の放棄所得(休暇中に失う所得)が大きくなる。すると収入が減らないように出産数を抑制する傾向が出てきます。
三つ目は、女性のエンパワメントです。母体の健康を考慮すると、出産と出産の間隔はある程度空いた方が良いのですが、多産の場合この間隔が短すぎることがあります。女性が教育を受け望ましい家族計画について学び、そしてそれを実現に移すために配偶者と交渉する能力を身に付けることで、無理な多産を抑制できます。
加えてこれは間接的な効果になりますが、女子教育を受けた人材が増え経済発展が進むと、主要産業が農業から工業、そしてサービス産業へと移っていきます。これに伴い労働者に求められる教育水準も、小学校修了から中等教育修了、そして高等教育修了へと移っていきます。すると子供の教育費が増加し、子供の人数を抑制することへと繋がっていきます。
女子教育の拡大が人口増加を抑止する傾向は日本でも確認することができます。厚生労働省の「第14回出生動向基本調査」によると、高卒女性の平均出生子供数は約1.8、短大卒で約1.7、大卒で1.4強、大学院卒で1.06と、なっています。
ただしここで注意していただきたいのは、少子化対策のために「女性に教育を受けさせなければいいのではないか?」というのは経済アプローチ的にも人権アプローチ的にも短絡的だ、という点です(経済アプローチと人権アプローチについては前々回の記事をご参照ください)。まず前者から考えると、女子教育は私的収益率と社会的収益が高く、少子化対策のために女性に教育を受けさせないことは費用対効果が悪い可能性があります。また子育てにかかるコストが高ければ高いほど合計特殊出生率が下がる傾向もあるため、育休取得を容易にする・子供の医療費教育費を下げるなど、子育てコストを下げる方が少子化対策になるのではないかと考えられます。後者から考えても、能力以外のものが大学進学の足枷となるのは子どもの権利条約に違反するもので、少子化対策の手段として女子の教育機会を阻害するのは許されるものではありません。
女子教育は、安全な妊娠を実現し女性差別を撤廃する!?
国連が2000年に制定した「国連ミレニアム開発目標」では、世界の様々な課題が取り上げられています。その中でも最も進捗が見られなかった領域の一つが妊産婦死亡率でした。
出産時に母親が亡くなってしまうのは悲劇以外の何物でもありません。さらに貴重な若い労働力が失われ、それまでの教育投資や保健投資が無駄になってしまうという経済的損失をも生み出してしまいます。
上の図2は各国の妊産婦死亡率と女子の中等教育総就学率の関係図です。高い妊産婦死亡率の原因は、医療システムの不完備などの他に、女子教育の欠如も一つの理由として考えられています。
女性が教育を受けると妊産婦死亡率が改善するのは、次の2つのメカニズムによります。まず、女性が教育を受けると所得が上昇します。すると医療に対して使えるお金が増え、より良い出産前の健康診断(prenatal care)を受けることが出来るようになるでしょう。これに加えて、教育を受けると情報の取捨選択能力が向上して、安全な出産のための知識を深めることが出来ます。このようにして女子教育の拡充が、妊産婦死亡率の低減という国際課題の解決に貢献するわけです。
「妊産婦死亡率の高い途上国だけの話なんじゃないか」とお思いの方もいるかもしれません。確かに日本の妊産婦死亡率は途上国と比べると低いです。しかし、例えば漫画『コウノドリ』(講談社)で描かれているように、日本でもまだ安全な出産のためにベストが尽くされているわけではありません。女子教育拡充などを通じてさらなる取り組みがなされるが必要ではないでしょうか。
もう一つ重要な女性の健康に関連する国際課題は、ジェンダーに基づく暴力(Gender –Based Violence: GBV)です。「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約(CEDAW)」は、「子供の権利条約(CRC)」と並んでユニセフの存在意義だと言われています。そして、「女性差別撤廃条約」の中でもジェンダーに基づく暴力に対する取り組みの重要性が近年訴えられています。
ジェンダーに基づく暴力の根源的な発生原因の一つは、社会経済的な格差による男女間での力関係の差にあると考えられています。女子教育は、女性がより良い雇用を得られるようにする働きによって社会経済的な男女格差の解消へと導くだけでなく、女性が交渉能力を身に着け、ジェンダーに基づく暴力を回避することの助けになると言われています。ジェンダーに基づく暴力の問題の解消は、女性が健康に働くことを可能にし、女性の労働生産性を向上させるので、それによる税収の増加分だけ国や社会にとって収益があると考えられています。
女子教育は、子供たちの未来を明るくする!?
上の表1は、アメリカの国勢調査を基にした、母親の学歴別の子供の教育や健康水準を示したものです。学歴の高い母親ほど子供の教育・健康水準が高く、女子教育が教育を受けた本人だけでなく、子供たちにも好影響を与えていることが見て取れます。
所得が高くなれば、それだけ子供に使うお金も増やすことができます。また教育を受けたことで身についた高い情報処理能力は、子供への効果的なお金の使い方を考えることも可能にするでしょう。
さらに、教育を受けた女性は、子供に教育を受けることを奨励する傾向が見られます。大学教育を例にしましょう。大学教育には、高度なスキルを習得したり、新たな物を学び取るスキルを身に付けたり(人的資本)、「大卒である」という資格要件をクリアしたり(シグナリング)、大学のゼミやサークルなどでネットワークを構築できたり(社会関係資本)と、数々のメリットがあります。これらは、大学教育を受けていないと実感しづらいところがあるため、大学に通っていない母親は、大卒の母親に比べて大学に行くことを奨励しない傾向が出てくるのです。
また教育を受けた女性は子供の教育の直接的な支援が出来るようにもなるでしょう。途上国では、識字能力がある母親であれば、子供に本の読み聞かせが出来るようになります。日本のような先進国でも、母親の学歴が高ければ高いほど、より難解な問題を子供に教えることが容易になるわけです。
まとめ
女子教育の拡充は、個人が受けるメリット(私的収益率)の高さだけでなく、(1)人口爆発を抑制する、(2)女性特有の健康問題を改善する、(3)次世代の人的資本投資への波及効果、という3つの社会的収益を持つことを紹介しました。先進国・途上国問わず、女子教育が重要な政治的課題として認識されているのは、社会的収益がそれだけ高いからです。
しかし、日本では政治家が「女子に教育は必要ない」といった趣旨の発言すらしてしまっています。これらは女子教育の私的・社会的収益率が高いという事実を理解できていないだけでなく、国際的な潮流にすら乗り遅れてしまっているわけです。これは、現世代だけでなく、次世代の子供たちにとっても不幸なことではないでしょうか?
最近、欧州でも米国でもふざけているとしか思えない国民投票の結果が続いています。日本はこれらの国よりも財政・外交的に厳しい状況にあります。事実をしっかりと把握し、国際的な潮流にも乗って、女子教育の拡充を推進できるような、そして次世代の子供たちがより幸福に暮らせるような社会を実現してくれると思わせてくれるような政治家に投票することが、いま日本に生きている私たちにとって重要なのではないでしょうか。