みなさんこんにちは。この連載では、前回までに女子教育は個人にとっても、社会にとっても有益で魅力的な投資先であり、人権という側面からも促進されるべきものであると述べてきました。今回からは、女子教育が日本ではどのように行われているのかを見ていきたいと思います。
・女子教育問題を紐解く…前におさえたいふたつの教育アプローチ
・女子教育を軽んじる日本の政治家 男子教育よりも女子教育の優先順位が高い理由
・女子教育が世界を救う? 「女子に教育は必要ない」は次世代の子供たちをも不幸にしている
教育へのアクセスをどう評価するか?
今回は、日本の女性がどれぐらいの学歴を得ているのか見るため、短大と大学での女子就学率を分析します。
この就学率(=教育へのアクセス)は二つの視点から分析できます。一つ目は絶対的なアクセスです。これは単純に就学率がどれぐらいかを見るものです。ただし一国の就学率だけを見ても、その数字が大きいのか少ないのかは判断できません。そこで他国の就学率と比較して、数字の大小や意味などを分析します。
二つ目は相対的なアクセスです。これはある集団の就学率が別の集団と比較してどのような状況にあるかを見るもので、例えば貧困層の就学率が富裕層と比べてどれぐらいあるかといった視点です。女子教育の場合は、女子の就学率が男子と比べてどれぐらいなのかを見ます。
この絶対的と相対的視点から、日本の女子教育がどのような状況か見ていきましょう。
(ちなみに途上国政府と政策議論をする際は、労働市場を分析して、教育の収益率などを算出し、それを基に政策提言をします。もし将来、途上国や日本の教育について勉強したい! という読者の方がいましたら、もう一歩踏み込んだ分析を勉強してみてください)
日本の女子は短大に多く進学している
最初に、短大相当の教育段階における日本の女子教育の状況を見てみましょう。
上の図1はOECD諸国の男女別の短大就学率です。日本の女子の短大就学率は31.6%で、この年齢に相当する女子の約3人に1人は短大に進学しているということが分かります。この値はOECD諸国で上から2番目に相当します。
ただし、短大相当の教育段階における就学率の解釈には注意が必要です。日本は短大卒業後、4年制大学へと進学するのは1割程度ですが、アメリカでは、短大に相当するコミュニティカレッジの卒業生のうち2割程度が4年制大学へと進学します。このように、国によって短大から大学へと編入する割合に差があるため、短大就学率から、最終学歴が短大の人がどれぐらい存在しているのか断言することは出来ません。とはいえ日本は短大から大学への編入が比較的少ない国なので、最終学歴が短大の女性はOECD諸国の中でもほぼトップと言っても過言ではない水準で多いと言えるでしょう。
さらに、就学率の男女比(Gender Parity Index: GPI、女子の就学率/男子の就学率で定義される)を見ると、日本のGPIは1.74と高い値を示しています。これは女子短大生が男子短大生と比べて74%多く存在しているということを意味します。この比率はOECD諸国の中でも高い方に位置づけられます。つまり、日本はOECD諸国の中で、絶対的にも、相対的にも、トップクラスで多くの女子を短大へと就学させているわけです。
女子教育途上国日本、男子と比べて大学へ進学しない女子
続いて男女別の大学進学率を見ていきましょう。
上の図2はOECD諸国の男女別の大学就学率を示しています。日本の女子の大学就学率は約40%です。この値はOECD諸国の平均値より低く、かつ順位的にも真ん中よりやや下となっています。OECD諸国の上位グループの、女子の大学就学率が50%を超えていることを考えれば、日本の女子の大学就学はやや少ないと考えることができます。日本の高い女子短大就学率と併せて考えると、OECD諸国と比べて日本の女子はまだまだ短大への進学が多く、4年制大学への進学は少ないと言えるでしょう。
女子の絶対的な大学就学率以上に問題なのが、男子と比較したときの相対的な女子就学率です。日本の大学就学におけるGPIは0.86で、OECD諸国で最下位となっています。大学でのGPIが1を大幅に超えるのが望ましいのか否かは、ジェンダー平等の視点から見ると議論の余地が大いにあります。ただ、日本の現状は、OECD諸国の中で唯一男子大学生の数が女子大学生の数を顕著に上回っており、相対的に見たとき日本の女性の教育水準は先進国で最も低く、女子教育後進国であることにかわりありません。
この状況がいかに問題をはらんでいるかは、現代アメリカやイギリスで男子の「落ちこぼれ」問題を考えると良く分かります。これらの国はかつて第二次産業が高卒程度の男性労働者を吸収していました。しかし、経済発展によって主要産業が第二次産業から第三次産業へとシフトしたことで、必要とされる人材も高卒程度から大卒程度と変化したにもかかわらず、男性の教育水準は産業構造変化が求めるほどには向上しませんでした。その一方で、女性の高等教育就学率が向上し、現在ほぼ全ての先進諸国で、大学就学率は男性よりも女性のほうが高くなっています。つまり、国民全体の教育水準の向上が求められる局面で、女性の高等教育就学率が高まることでこれに応えたものの、男性の教育水準はこれに応えるほどには上がらなかった。これが男子の「落ちこぼれ」問題を生み出したのです。
日本では先進諸国と同様の動きが見られませんでした。産業構造が変化する間、日本では女子の大学就学率が大幅には向上せず、短大に残ってしまったのです。現在日本経済が停滞しているのも、男女平等後進国に留まっているのも、人的資本投資(第一回2ページ参考)としての教育政策という観点からすると、むべなるかなという感じがします。
なぜ日本は女子教育後進国なのか?
女子教育が伸びるべき時期に伸びなかったというのが、日本が女子教育後進国に留まっている最大の原因です。しかし、今現在に至っても日本は有効な教育政策を打ち出せていません。
連載の後の方でまた詳しくお話をする予定ですが、途上国の女子教育支援で使われる政策ツールは大きく分けて4つあります。
(1)女子教育の費用対効果を上げる。
これは女子の就学に対して奨学金を出すことで就学費用を下げる、労働市場改革を促して教育を受けた女子の雇用を促進し就学の便益を上げるなど、必要なコストや得られるメリットを変化させる政策です。
(2)女子教育の費用対効果を明示的にする。
これは(1)のようなコスト・メリットを伝える政策です。高卒・大卒の生涯賃金や失業率の差を伝えるだけでも効果がありますし、対象となる少女たちと似たような境遇から教育を受けて社会的に成功した人を招いて話してもらうモチベーショントークも効果的だとされています。
(3)女子が就学しやすい環境を整備する。
女性の教員を増やしたり、女子トイレを整備したり、女子が安心して学校に来れる環境を整備します。
(4)発展のための対話(Communication for Development: C4D)を促す。
女子教育の重要性を認識してもらうために、親・地域・教員・教育行政にその意義を訴えかけていきます。
日本の女子教育の現状は、先進諸国と比べて深刻な状況にあるにもかかわらず、「女子教育」という単語が政策議論に出てくるのは日本政府が実施する途上国の女子教育支援ぐらいで、自国の女子教育の状況ついて論じられることはなく、人の振り見て我が振り直せという状況です。さらに日本社会を見ても、女子教育というと「リケジョ」が真っ先に思い浮かびますが、これは上の4分類のどれにも当てはまらず効果が見込めるとは考えられません。
私は途上国の教育支援のために日本を離れて10年弱になりますが、自分の生まれ育った国で深刻な教育課題に対して政府の無策、社会の無関心を見ていると、途上国の教育の前に自国を何とかしなければならないのではないかと残念な気持ちになります。さらには、日本(人)がいくら途上国で「女子教育支援」の必要性を説いても、自国の女子教育課題を解決できていないのでは説得力もなく、聞く耳を持たれなくなるのではないか、という危惧も持っています。
日本で女子教育が促進されない裏側で起こっていること
前回・前々回の記事で言及した政治家の発言に現れているように、日本ではまだ「女子に教育は必要ない」「女子が教育を受けると結婚できない」といった観念が根強く残っています。日本で女子教育が促進されない裏で、ジェンダー平等を凌駕する重大な社会問題も起こっています。
近年シングルマザーの貧困の深刻さが取り上げられるようになってきました。日本のシングルマザーの労働参加率は先進国でも高い方に位置されるにも拘わらず、彼女たちの多くは貧困に直面しています。これには、共同親権の欠如と養育費の不払い、貧弱な就学前教育システム、雇用制度など様々な要因が背景にあります。そしてその一つに彼女たちの低い教育水準があることが指摘されています。教育水準が低いということは、時間当たりの高い賃金が見込めず、長時間労働をしたとしてもその合計収入には限界がある、ということです。
現在日本で3組に1組の夫婦は離婚をすると言われています。このまま離婚率が高止まりするのであれば、「女子に教育は必要ない」という考えは自身の娘を貧困へと導く可能性の高いものとなります。さらに、貧困のシングルマザーということは、その子供も貧困に陥っているわけで、すなわち孫も貧困状態に陥る可能性が高いわけです。子孫の幸せを考えたら、女子に教育は必要ないのか、それとも女子にこそ教育が必要なのか、その答えは明白だと思います。
また、これまで何度も述べたように、女子教育は高い収益率を持っています。今回、日本は女子教育の進展が立ち遅れたことを指摘しましたが、これに対処せず放置することは、国家として得られるはずだった大きな利益を失っていることになります。より豊かで、平等な国家を目指すためにも、国を挙げて女子教育を推進することが、今の日本に求められています。
まとめ
・日本の女子の短大就学率は高く、また男女比も大きく女性に偏っている
・日本の女子の大学就学率は高いとは言えない。さらに、日本は先進諸国で唯一女子の大学就学率が男子と比べて顕著に低い
・日本の女子教育政策は及第点からほど遠い
・女子に教育は必要ないという考えが、日本のシングルマザーの貧困・子供の貧困を引き起こす一因となっている