坂上「これだけの環境があるのだから近い将来、差別や偏見もなくなるだろうと楽観的に考えていました。その後、私は別のテーマを追ってこの問題からいったん離れたのですが、20年経って再びHIVに目を向けたとき、『何も変わっていないじゃないか!』と思わず叫びました。医療は進歩しているし制度上の変化もあるけど、特に女性に向けられるまなざしは変わっていませんでした。HIV/AIDSは健康問題であって、それ自体が罪ではありません。それなのに、彼女たちは声をあげることすら許されない。舞台に立ち、私たちからの取材を受け入れてくれる人でさえ、カメラの前で体験を語るとなると口が重くなります。彼女たちの希望で、インタビューはホテルの一室で行いました。私は自宅にうかがいたかったのですが、彼女らは身近な人にこそカミングアウトできていないんです。たとえばルームメイトとか。撮影隊が来ることで、病気のことを知られるのを恐れていました」
身近な人に受け入れてもらいた、けれど親(ちか)しい人に受け入れてもらえなかったときの打撃は大きい。映画では、家族から拒絶されたときの苦しい胸の内を明かす女性もいた。そうして、彼女らの自尊心は削がれていく。
自尊心の回復が、変容の鍵
坂上「映画に登場するHIV専門医は、どんなに最先端の医療処置を施しても彼女たちを救うには限界がある、と話してくれました。社会のなかで傷つけられ、人間としての尊厳を踏みにじられてきた彼女たちを救うには、医療だけでは足りません。HIV/AIDS陽性者のなかには、この病気によってもたらされる死を待つことなく、自殺でこの世を去る人がとても多いこともわかってます。自分を自分で傷つけるのは、自尊感情が欠落しているから。自尊心を回復させることが変容の鍵となると考えた彼が、HIV/AIDS陽性女性に『メデア・プロジェクト』への参加を提案したんです」
劇団に参加したからといって、すぐに舞台に上がるわけではない。まずは自分の過去を掘り下げて、舞台から発信したいこと、訴えかけたいこと、その表現方法を模索する。が、過酷な半生を言語化することはそれだけ痛みもともなう。
坂上「この先もずっと自身の過去を見ないまま、なかったことにして生きることは、彼女たちが抱える問題の解決にはつながりません。ここでは演劇の手法でそれが行われましたが、その時期や手法は人によって違うと思います。『トークバック』の前に製作したドキュメンタリー映画『ライファーズ 終身刑を超えて』では、米国で終身刑を宣告された男性受刑者たちの変容を追いました。彼らは犯罪者更生プログラムを受けるなかで、自分の過去を振り返り、必要に応じてそれを他の受刑者の前で語ります。そのプロセスを経ることではじめて、罪をどう償って今後どう生きるのかを考えられるようになるのです」
HIV/AIDS陽性者も受刑者も、なりたくてそうなった人はいない。貧困や虐待、性犯罪、薬物など社会のひずみを一身に受け、苛烈な人生以外の選択肢を持てなかった人たちを追ってきた坂上さんだが、現在製作中の最新作『プリズン・サークル』でもそれは変わらない。が、舞台は大きく変わり、日本の刑務所で取材を重ねている。