枡野 あの、死んでしまえば、急に僕の本が売れ始め、(男がぐじぐじ離婚を書くもんじゃないと)馬鹿にされてた『結婚失格』[注]とかも「ここまで枡野は苦しかったのか!」と思ってくれるんじゃないかとか、自己憐憫みたいなものはありましたね。そして町山さん[注](映画評論家の町山智浩さん)もあんなに(『結婚失格』文庫版の)解説では厳しかったけど、ちょっとは町山さん側じゃない意見もネットで書かれるのかな、とか。
紫原 …………。
枡野 でもそんなときに観たお笑い芸人のライブがあまりにも楽しくて、SMAっていうソニーの事務所なんですけど。それで本気でお笑い活動してたんですけど、この本(『愛のことはもう仕方ない』)に書いているような経緯で、先輩芸人に対して(事務所近くの漫才の練習場所の公園で)号泣して……号泣しているのを(公園で遊ぶ)子どもたちに見守られながら、芸人をやめたんです……。
紫原 なんか、『火花』よりもリアルな話ですよね。
枡野 それで、「又吉さんは芸人活動しながら小説書けたじゃないか! なんで枡野さんは芸人しながらじゃ書けないんだ!?」って怒られて。
紫原 みんな、期待してたんですね。
枡野 でも、「又吉さんと比べられても!」って思って……泣いちゃいました。
紫原 はぁ。
枡野 でも当時、月25本とか(お笑い)ライブに出てて。何もできないんです、25本とかライブ出てると。
紫原 お金がどんどんなくなっていくんですよね。
枡野 そう。全くお金稼げないまま、交通費とかだけかかるんですよ。浅草の舞台とかに出てるから。
紫原 お金稼げないんですか!?
枡野 はい(ライブの出演ギャラがほとんど出ないから)。よくみんなやってると思いますね。だから芸人で売れてない人たちは彼女がお金持ちとか……。
紫原 あっ、ヒモですか?
枡野 はい。あとは水道検針のバイトしてる人が多くて。
紫原 へえ~。
枡野 「SMAの芸人が豊島区のほぼ全域の水道検針をやってる」っていう噂まであって。
紫原 なんで水道検針なんですか?
枡野 時間が自由らしいんです。朝早く行くと仕事が速い人は昼には終わるらしくて。ハリウッドザコシショウさんもつい最近までやっていたんです。それで『R-1ぐらんぷり』で優勝して、双子のお子さんも生まれて、いまは幸せになられてるんですけど。
紫原 へえ~。
枡野 そういう、ハリウッドザコシショウさんでも長年売れなかった時代があわるわけで。そういう人たちの巣窟だったので。でも(芸人を目指していた)2年間は幸せでした。このままステージで死ねたら、どんなに幸せだろうと思ってました。
紫原 その幸せってどういう感じ……?
枡野 「生きてる!」って感じでした。最初はコンビで、次はトリオになったんですけど。トリオでステージに立つとき、浅草の楽屋とかで、握手しあうんです。それで僕が先輩にメガネ拭きをあげるんです。それでメガネ拭いてからステージに立つんですよ。それで僕、短歌を広めたかったから短歌が出てくる漫才とかやってて、それで笑いをとって、一日数ステージ出て帰るみたいな生活だったんですけど。このまま死にたいと思ってましたね。
紫原 そんなに幸せ……。なんか、パフォーマンスをすることがお好きだったんですか?
枡野 書くことでは褒められ慣れてたけど、肉体に自信がなかったから。喋ったことや肉体を動かすことで笑いをとることに本当に喜びがあったんですよ。
紫原 あー! わかります。私が自分の画像を保存されてすごく嬉しかったのも同じ気がします。私の肉体の存在意義を認めてくれて嬉しいっていう。枡野さんと近いものがあるのを感じます。
枡野 本当に幸せでしたよ。笑いに包まれるっていうのもそうだったし。自分の離婚話とか、どんな悲しい経験も笑い話にできるっていうのが、魔法のようだったので。僕の(漫才コンビの)相方が「詩人」っていう(芸名の)詩人の人だったんだけど、その人が性格悪くて、「生き別れの息子と会うコントやろうよ」って言い出して。
紫原 それはむちゃくちゃえげつないですね。
枡野 でも僕、それノッてましたからね。
紫原 やったんですか!?(笑)
枡野 はい。僕が息子と偶然会って、息子が僕に「小遣いよこせよ! おまえ、ピョンピョン飛んでみろよ」とか言って、カツアゲするっていうネタで。
紫原 そういうことやるから、町山さんも怒るんじゃないですか?(笑)
枡野 ほんとそうですよねえ……。町山さんには本を送りましたよ。(この本は)町山さんが書いてくれた『結婚失格』文庫解説への初めてのアンサーだと思います。あの、みなさんご存知じゃないかもしれませんが、町山さんという映画評論家の方がいて、『結婚失格』の解説を書いてくださっていて、それが厳しくてね。普通は前半でけなしたら後半は褒めるとかじゃないですか? もうぜ~んぶけなしてて。みんな、その解説だけ立ち読みして、本を買わなかったっていうくらい、すごい面白い解説なんですけど。それが自分にとってとてもヘビーだったから。当たってるぶんヘビーだったから。だから初めて(町山解説への)アンサーを書けたって感じです。
[第5回の注釈]
■レモンサワー
EXILEファンの間では「レモンサワーはEXILE公式ドリンク」といわれている。理由はリーダーのHIROが大好きなこと、まだ売れなかった時代に金がなくてビールが飲めず、安いレモンサワーばかり飲んでいてその初心を忘れないようにするため、結成時にもレモンサワーで乾杯したこと……などといわれている。ライブの打ち上げで「一晩で2000杯のレモンサワーを飲みつくした」という都市伝説もある。
■植本一子
1984年生まれ。写真家・作家。2003年にキヤノン写真新世紀で荒木経惟氏より優秀賞を受賞。写真家としてのキャリアをスタートさせる。広告、雑誌、CDジャケット、PV等幅広く活躍中。2013年より下北沢に自然光を使った写真館「天然スタジオ」を立ち上げ、一般家庭の記念撮影をライフワークとしている。著書に『働けECD~わたしの育児混沌記~』『かなわない』がある。
■ECD
1960年生まれ。ラッパー・作家。日本語ラップの草分け存在。写真家・植本一子の夫。著書に『ホームシック生活(2~3人分)』『失点・イン・ザ・パーク』などがある。
■植本一子さんの本『かなわない』
植本一子の著作。タバブックス・刊。<2014年に著者が自費出版した同名冊子を中心に、『働けECD〜わたしの育児混沌記』後5年間の日記と散文で構成。震災直後の不安を抱きながらの生活、育児に対する葛藤、世間的な常識のなかでの生きづらさ、新しい恋愛。ありのままに、淡々と書き続けられた日々は圧倒的な筆致で読む者の心を打つ。稀有な才能を持つ書き手の注目作です>(出版社からのコメントより)
■岡本かの子
1889年生まれ。歌人・小説家。芸術家・岡本太郎の母。夫は漫画家の岡本一平。歌人と漫画家の夫婦だった。男子大学生の愛人を作り、ある時期は夫と共に共同生活していた。歌集に『かろきねたみ』『愛のなやみ』、小説に『母子叙情』『生々流転』などがある。岡本かの子を描いた伝記では、作家の瀬戸内晴美(瀬戸内寂聴)による『かの子繚乱』が高く評価されている。
■『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』
AV監督・作家の二村ヒトシの著作。文庫ぎんが堂・刊(イーストプレス)。現代女性が恋愛やセックスにおいて抱える諸問題を鋭く記し、ロングセラーとなっている。
■町山智浩
1962年生まれ。映画評論家、コラムニスト。米国カリフォルニア州バークレー在住。代表作に『映画の見方がわかる本』、『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』などがある。最新作は『トランプがローリングストーンズでやってきた』。
■『結婚失格』
枡野浩一の著作。「書評小説」という形式をとりながら、著者の離婚体験を赤裸々に描いている。文庫版の解説は映画評論家・町山智浩。