ドアを開けると、ほっとするほうじ茶の香り。本棚に並ぶゆるキャラ。ソファで談笑する人々。大阪の住宅街にあるNPO法人・QWRC(くぉーく)は、どこか文化部の部室のような、ほんわかした空気に満ちていた。それもそのはずだ。2003年から活動するQWRCは、いわゆるLGBTをはじめ、普段「本当のことを言えない」と感じるマイノリティの居場所づくりを続けてきた。公式サイトにも、「LGBTと女性のためのリソースセンター」との記載がある。
しかしながら、“LGBTの居場所”とされるところは、しばしば「そこに行っただけで自分が“そっち系”だとバレるのではないか」というような抵抗感を当事者に与えてきた。ゲイバーに入れないゲイ、LGBT用ツイッターアカウントに鍵をかけるトランスジェンダー、顔を隠さなければLGBTプライドパレードで歩けない人々、安全のために壁を作ることは、かえってそこに入れない人を生むことにもつながる。
こうした難しさに、どう向き合ってきたのか? 10年以上続く活動の中でなにを作り出してきたのか? messyでは、NPO法人・QWRCで理事/スタッフを務めるいのもとさんにお話を伺った。(取材/牧村朝子)
支え合える相手は、“家族”とは限らない――「緊急時連絡先カード」
いのもと もしも病気や事故などで、人が突然倒れたとします。その時、本人に意識がないと、救急隊員は財布などから身元の分かる運転免許証や保険証などを探しますよね。
それらの身分証から、本当に連絡が必要な人に連絡が行くでしょうか。連絡してほしくない人に連絡が行くことがないでしょうか。たとえばDV被害者の場合、パートナーに連絡が行ってしまうと危険ですね。また同性パートナーを持つ人の場合、相手が救急車で運ばれても知らされず、病状説明や面会まで「家族ではないから」と断られることもあります。
こうしたことが実際あったので、この「緊急時連絡先カード」が作られました。これは、同性パートナーを持つ人に限らず、異性愛者の人でも誰でも使えるものです。大阪のNPO法人であるQWRCが作ったからということで、「大阪じゃないと使えないんですか」と聞かれることもありますが、そんなことは全然ありませんよ。
QWRC(くぉーく)ってどんなところ?
いのもと NPO法人QWRCの活動は、「緊急時連絡先カード」だけではありません。大きく分けて、4つのことが柱になっています。
一つは、交流です。誰でも参加できるお茶会の「QWRCデー&ナイト」や、「自分はLGBTかもしれない」と考える若い人向けのおしゃべり会「カラフル」、それから、子どもと生活している人/したい人向けの「こどもとおとなのお茶会」ですね。また、LGBTなど多様な性を生きる人で、なおかつメンタルもしんどい、という方向けの「メンヘル!」というグループもあります。
参加に条件を設けているのは、「メンヘル!」と「カラフル」だけです。他は誰でも参加できます。LGBTでない人でも、男性でも。いちいちQWRCから参加者に「あなたの性的指向は?」などと聞くことは、基本的にありません。
二つ目には、相談です。QWRC独自で、LGBTなどのセクシュアルマイノリティ当事者やその家族・友人のための電話相談をやっています(詳細は公式サイトへ)。また、たとえば大阪市淀川区など、自治体や国の相談事業にQWRCが協力することもあります。
三つ目が、啓発活動です。QWRCが主催する場合もあれば、依頼を受けて講座を行うこともあります。特に学校からの依頼が多いですね。先生への研修と、児童・生徒への授業と。その他、自治体職員向けの研修や、市民向けの講演なども行っています。
最近は、LGBTについて、医療・福祉の現場向けに啓発冊子「LGBTと医療福祉<改訂版>」を作りました。クラウドファンディングで資金を募り、10,000部作ったのですが、すぐなくなったので、増刷し、20,000部刷っています。今まで出してきた冊子で現在品切れになっているものでも、それぞれネット上でもPDFがダウンロードできるようにしているのですが、やはり印刷するのは大事ですね。みんながみんなネットを使えるわけではありませんし。
最後に四つ目が、スペースの貸し出しです。他のLGBTの活動をやっているグループが、ミーティングなどに使えるようにQWRCの事務所を貸し出しています。集まれる場がほしいというのが、QWRCが生まれた最大の要因のひとつですからね。
大阪、という場所の特徴
いのもと LGBTが集まる場所は敷居が高い、と感じる人もいるようですね。「(いわゆるゲイタウンとして知られる)堂山に行っただけで、バレちゃうんじゃないか」と心配になる人もいれば、「ゲイバーが入っているビルの下まで行けた!」だけで感激する人もいます。それぞれの人にとって、(LGBTが集まる場所に行きづらいのには)それぞれ違う理由があるんだろうなぁと思います。
堂山って、新宿二丁目と全然違うでしょう。新宿二丁目って、どっから見たってゲイタウンじゃないですか。でも堂山って、何も知らない大阪の人は、ただの飲み屋街だと思ってますからね。(いわゆるゲイバーのような)お店も、正確な数は知りませんが、例えば1,000軒くらいある飲み屋のうち200軒くらいの感じですよね。だから、「堂山に来たからゲイだと思われる」だなんて、そんなことはないはずなんです。雑居ビルの飲み屋に通うノンケの人が、隣の店がゲイバーだって知らなかったりすることはいくらでもあります。
もうひとつは、関西のLGBTコミュニティの特徴かもしれませんけれども、全体的にミックスなんですよね。つまり、LとGとBとTが分かれていない。中でもQWRCはかなり、徹底的にミックスなんです。セクシュアリティのことに限らず、在日コリアンの団体と連携をとったりとかね。
近年になって変わったこと
いのもと 2015年位から、マスコミの取材や、学生やNPOの調査・研究への協力依頼が増えたように感じています。その前もなかったわけではありませんが、去年ぐらいから一気に、学生さん個人でやっている研究にまつわる問い合わせが増えましたね。
大学生だけでなく、院生や、「人権関係のことで何か調べなさい」と課題を出された高校生もいます。そうした学生さんがLGBTの自認を持つ人かどうかということは、QWRC側から聞くことはないので、わからないですね。話の流れで、「どうしてこの研究テーマを選んだんですか」とお聞きすることはありますけれども。ご自分から「当事者です」と名乗る学生さんもいれば、「わからないです」という人もいます。
QWRCは、2003年から活動を続けているわけですけれども……最近になって、「QWRCのことを知っていたのに10年間ずっと来られなかったんです」というような人が、やっと来られた、ということもありましたね。「10年前に気軽に来ればよかったじゃん」と思うんですが……その人なりに大変だったと思うんですよね。ゲイバー行くのがしんどい男の子といっしょで。
居場所候補のひとつとして
いのもと 大阪にはQWRC以外にも、コミュニティスペースや、不定期開催のイベントなど、いろいろあるんですよね。そういうところって、正直どんなところか行かないとわからないのもほんとうだし、行って傷つくこと言われるかもしれないけど……「もしあなたがタフだったら、あっちこっち行ってみて。そしたら合うとこあるかもしれないよ」って思うんです。
QWRCは、(いわゆるLGBTとそうでない人を隔てる)壁の低い場所だと思っています。だからこそここが気持ちいいという人もいれば、だからここが落ち着かないという人もいる。合うかどうかはわからないけど、よかったら来てみてほしいと思います。
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親しみやすいTシャツ姿で、穏やかに話すいのもとさん。インタビューは、事務所にメディアが入ることで参加者に不安を与えないよう、喫茶店で行われた。インタビューを終えてから、取材者もいち参加者として、誰でもOKのお茶会「QWRCデー」に参加させて頂いた。テーブルを囲み、名乗りたい名を名乗り、お茶やお菓子を楽しみながらの会話。この日は、変わった味のポテトチップスをつまんで盛り上がった。
まさに部室のようだなあと思いながら、部屋の中を見回す。本やマンガなんかが並んでいて、静かに読書をしたり、何も言わずお茶を飲んだりして過ごす人もいるらしい。そんな話を聞いていたら、ふと、「ここはジャージになれる場所なんだな」という言葉が浮かんだ。たとえるなら、ふだん男子制服か女子制服を着ることを強いられていたとしても、一歩部室に入れば、ジャージで好きなことをしていていい、というような。
あえて低く、けれどしっかり、10年以上をかけて築かれてきた壁。低い壁に守られた心地よさをたたえて、QWRCは今も続いている。
【QWRC(くぉーく Queer and Women’s Resource Center)】
http://qwrc.org
〒530-0047 大阪市北区西天満4-5-5 マーキス梅田707号室
イベントのお知らせ
ビブリオバトル~QWRCの本紹介します~
日時:2016年11月 3日 (木・祝)15:00~17:00
会場:QWRC
ビブリオバトルとは 挑戦者が紹介する本についてプレゼンをし、聴衆は一番読んでみたくなった本に投票し、チャンピオンを決める企画です。今回は、5人の挑戦者がQWRCにある本でバトルします。
観覧:無料 ただし、観覧できる聴衆は先着15名様までです。
タイトルを「ビブリオバトル観覧希望」とし、受付用の名前をこちらのお問い合わせフォームよりお伝えください。