旧帝国大学の女子学生比率は世界的にも異常な低さ
この連載では、日本の大学・大学院における女子の就学率は先進国でも最低レベルなだけでなく、卒業後の賃金が高いと考えられる工学部などのSTEM系学部での女子学生割合も日本は先進国で最低レベルにあることを紹介してきました。
・「日本で女性の大学院生の数は男性の半分以下しかいない」という事実が示唆すること
・「リケジョ」の失敗により低賃金状態におかれる日本の女性たち
日本の女子教育の課題は他にもあります。その一つが学校歴です。
日本では学歴と学校歴が混同されることがしばしばあるので、先に違いを明確にしておくと、学歴は高校・大学・大学院のような教育段階であり、学校歴は東京大学や開成高校のような卒業した学校の名前、医学部・法学部のような卒業学部を指します。
アメリカのアイビーリーグや、イギリスのオクスブリッジのように、大学にはトップスクールと呼ばれるエリート養成所のようなところがあります。日本の場合は、東京大学や京都大学をはじめとする旧帝国大学などがトップスクールと言えるでしょう。しかし世界のトップスクールの大半では、女子学生の比率が50%前後となっている一方で、日本のトップスクールは世界標準を到底満たしているとはいえません。まずはこのことを確かめてみましょう。
表1 は、2016年現在における、旧帝国大学の女子学生比率を示しています。全ての旧帝国大学で女子学生比率が低く、日本のトップスクールでは女子学生は少数派となっていることが一目瞭然です。最下位の東京大学は、なんと女子学生比率が20%を割り込んでいます。また、前回の記事で、日本では人文科学系やサービス系など卒業後の高賃金が期待しづらい学部に女子学生が多いことに言及しましたが、2007年に人文科学系の大阪外国語大学を吸収した大阪大学であっても女子学生比率は1/3を超えません。
表2は、世界の主なトップスクールにおける女子学生比率を示しています(TIMESの大学ランキングより)。この表が示すように、北米・ヨーロッパ・アジア・オセアニア・アフリカのどこの地域でもトップスクールにおける女子学生比率は50%前後となっています。男女が平等に学んでいるのがトップスクールのグローバルスタンダードだと言え、日本の旧帝国大学の状況の特異性が浮かび上がります。
旧帝国大学の女子学生の少なさは、世界の工科大学に匹敵する
日本にいると想像しがたいと思いますが、他の先進国の多くでは男性に比べて女性の方が高等教育就学率が高くなっています(日本の女性は先進国で最も学歴が低い? 女性と子供の貧困を生み出す日本の女子教育の中でも記述しています)。ただし女性の賃金が低いのは日本と同様で、原因の一つに工学部などのSTEM系学部における女子学生比率の低さがあることが考えられます(日本のSTEM系学部の女性比率の惨状についても前回記事で紹介しました)。
表3は、世界の主な工科大学における女子学生比率です(TIMESの大学ランキングより)。工科大学における女子学生比率は多少のばらつきがあるものの、おおよそ1/3程度になっています。つまり、日本の旧帝国大学における女子学生比率の少なさは、世界的に見れば工科大学と匹敵するかそれよりも少なく、10%台の東京大学に至っては世界的にみるとありえない女子学生の少なさとなっているわけです。
「それの何が問題なのか」という疑問をお持ちの方もいるかもしれません(なお、日本の女性の学力が低いわけではありません)。続いて日本のトップスクールにおける歪な男女比によって、日本の女性たちが何を失っているのかを考察します。
トップスクールへ進学する3つのメリット
トップスクールに進学するメリットは3つあります。
第一のメリットは人的資本(知識や技能など身に付けている能力)の蓄積です(注1)。トップスクールの教授陣は概してそれ以外の大学と比べて研究実績を残している人が集まっているので、質の高い授業が期待できます。さらに、比較的優秀な生徒が集まっているので正のピアプレッシャー(自分より優秀な生徒に囲まれていると、自分の成績も引き上げられるという効果)を期待することもできます。他にも一般的にトップスクールはそれ以外の大学よりも教育環境が充実している場合が多く、高い学習成果を期待することが出来ます。
第二のメリットはシグナリング効果です。日本でも就職活動の際に学校歴フィルターが存在していると言われます。これは学校歴が、その人の能力を判断する材料とされているためです。このような一定以上の大学を卒業見込みなのであればある程度の能力を持っているとアピールできる効果をシグナリング効果と言います。就職活動以外にもトップスクールを卒業すると様々な場面で、学校歴による恩恵を受けることができます。
第三のメリットは社会関係資本(信頼関係、人間関係など)の蓄積です。トップスクールの生徒は概して社会経済的地位が高い家庭の出身ですし、自身も将来エリートになっていく者が大勢います。このため、大学内で構築される人的ネットワークが、ビジネスであれ、政治であれ、様々な分野で将来大きなメリットをもたらしてくれます。
このように、トップスクールを卒業するメリットは大きく、かつ多岐に渡ります。日本の女性たちは、男女比の歪な日本のトップスクールのせいで、このようなメリットを享受する機会を逃してしまっていると言えるでしょう。
国立大学は、私立大学よりもより多くの公費を受け取っています。つまり日本の公教育支出は、男女間格差を縮小するために使われるどころか、むしろ拡大させているのが現状なのです。特に、政府の公教育支出を最も受け取っている東京大学が、旧帝国大学群の中で最も男女比が歪で、かつ保護者の平均所得が日本で最も高いという事実は、教育という武器を用いて日本社会における格差や不平等と戦うという意志、ないしは知識が日本政府に致命的に欠けていることを象徴しています。この問題については字数の関係でまた別の機会に詳しく論じたいと思います。
先日世界経済フォーラムが今年の男女平等指数のランキングを発表しましたが、日本は去年より順位を下げ111位に沈んでいます。日本がランキングの下位に沈んでいる主な要因は政治経済分野における歪な男女比率で、これは国会議員の女性比率・専門職の女性比率・管理職に占める女性比率がいずれも三ケタ順位になっていることが象徴的です。政治経済分野で特に日本の男女平等指数ランキングの順位が下位に沈んでいるのは、日本にはエリート女性が少数しかいないからです。トップスクールがエリート養成所的な意味合いを持つ以上、トップスクールに女子学生が少ないという状況がこのまま続くのであれば、日本のランキングが劇的に上昇することは期待できないでしょう。
(注1:近年の実証研究を見ると、大学の質が人的資本蓄積に影響するという結果もあれば、トップスクールには元々優秀な生徒が集まっているだけで、それ自体が生徒の人的資本蓄積に与えるインパクトは限定的である、という結果も見られています)
まとめにかえて―東京大学卒業生として思うこと
私も東京大学の卒業生ですが、その多大な恩恵を受けています。
人的資本という点から言えば、大学4年生の時に国際教育協力の第一人者の先生の授業を受講でき、かつ進路に関する詳細な助言を頂けたおかげで、23歳という異例の若さで世界銀行へ行くことが出来ました。
シグナリングという点から言えば、私はそれほど豊かな家庭出身ではないですが、国際機関で働くために必須である修士号を取得する際に奨学金を得られたことは、東大卒というシグナルが大きく貢献してくれたと思います。
社会関係資本という点から言えば、同じ授業の受講者たちと始めた勉強会で、多くのことを学びました。さらに、それから10年たった今でもその仲間たちとネパールの子供たちに質の高い教育を届けるためのNGO活動を展開できています。これは、まさに東京大学という機会がくれた社会関係資本の賜物だと言えます。
高校時代、家庭教師などをしながら必要なお金を稼いでしました。受験料がもったいなかったので出願したのは東京大学の前期だけですし、受験に失敗したら翌年は地元の大学に進学する約束を両親としていました。その後、ほぼ合格最低点で東京大学に入学できたことが分かったのですが、入試の時にあと一問でも間違えていたらこうして国際機関で働き世界中を飛び回ることもなかったでしょうし、NGOを立ち上げることも、この記事の執筆をしていることもなかったはずです。
トップスクールが与えてくれる大きなチャンスを紙一重のところで掴んで今に至るからこそ切に思うのですが、日本のトップスクールが、世界のトップスクールと異なり、その恩恵をジェンダー格差、ひいては経済格差の解消のために活かそうとしない罪は許されないものです。特に、東京大学の女子学生比率が世界的に見ても異例の低さに長年留まっているのは、卒業生として大変残念です。教育の需要側である生徒たちに介入することで女子教育の拡充を図ることが最重要ではありますが、教育の供給側である学校機関も、現状のままで本当に日本の繁栄に貢献できるのか、そのあり方を猛省すべきでしょう。
まとめ
旧帝国大学はどこも女子学生比率が1/3未満で、東京大学に至っては20%にも満たない
生徒の男女比が半々であるのは、トップスクールのグローバルスタンダード
トップスクールを卒業するメリットは、人的資本・シグナリング・社会関係資本と多岐にわたる
日本の公教育支出は格差を縮小させるどころか、むしろ拡大させている
大学側にもジェンダー格差を解消しようとするコミットメントが欠落している
日本にはエリート女性が欠如している