わたしが洋服や化粧に興味を持ったのは、高校一年か二年くらいだった。
周りのマセた女子の同級生らはルーズソックスに足を通し、制服のスカート丈を膝上にし、ピアスを開け、髪を茶色く染めていた。サッカー部やバスケットボール部といった運動部に属するおしゃれな男子はナイキ、アディダスなどのスニーカーを履いていた。指定のものがないためコートもみな好きずきに着ていた。
一方で、わたしは15歳の終わりごろにじぶんがトランスジェンダーだと自覚し、というか、当時はそんな言葉など知らず(日本で「性同一性障害」という医療疾患概念が登場したのは、ちょうどそのころだ)、男性である身体に強烈な違和感を持った。しかし、その感覚に近いであろう存在と言えば、テレビに出ている水商売に従事し華美に装った「ニューハーフ」と呼ばれる人々か、あるいは男性同性愛者である「ゲイ」くらいしか見あたらない。そういった生き方をしたいとおもえないじぶんにとってのロールモデルの不在に、未来が見えずに困惑していた。それでも周りと同調するように、足下はコンバースにこだわったり、NICE CLAUPという当時ノンノ御用達のブランドを取り扱う服屋で制服のシャツに重ねるニットを買ったり、SUPER LOVERSのメッセンジャーバッグを使うようになった。
去る10月10日にNHK『バリバラ』が、さまざまなハンディキャップを抱える人々をモデルにしたショー「バリコレ」を東京の六本木ヒルズアリーナで開催し、その様子を11月6日、13日の二回にわけて放送した。このショーを見て上記のようなことを思い出しながら、同じような状況に悩む人々にとって、出演者がロールモデルとなり、生き方の可能性を与えてくれるのだろうかと考えていた。
わたしは、このショーに参加した「切断ヴィーナス」のコーナーで裏方として手伝いをさせてもらった。この切断ヴィーナスというプロジェクトは、義肢装具士(なんらかの理由で手や足を欠損した人に適合する義手や義足を製作する)の臼井二美男さんと、長年パラリンピックを追ううちに臼井さんと知り合ったカメラマンの越智貴雄さんによって2013年からはじまった。義足を隠したいという当事者が目立つなか、臼井さんの義足をつける「臆さず隠さずにいる人」を撮影しようという意図でまず企画され、写真展、写真集の出版、そしてファッションショーにまで至ったという。
わたしが手伝うきっかけになったのは、越智さんの写真集にもショーにも登場するイラストレーターの須川まきこさんとスタイリストを務める菅井葉月さんと懇意にしていたからだ。
菅井さんは、アーティストやイラストレーターに書き下ろしてもらった絵を元に、レッグウェアを作る「tokone」というブランドのディレクターを務めており、同ブランドには須川さんの絵を使ったタイツやニーハイソックスもある。切断ヴィーナスのショーや写真などのように、表舞台に出る人は義足を明かしている一方で、日常的に装具を付けていて、義足だとはわからないような当事者は少なくない。須川さんとtokoneがコラボしたニーハイソックスは、日頃は装具を付けている人にも履いてほしい、という意図で作成されている。ここには菅井さんの「服と同じように足を装うことで、おしゃれで自分を解放してほしい」という思いがある。
今回のバリコレでの切断ヴィーナスのショーでは、モデルたち(リオパラリンピックの代表として出場した大西瞳さん、秦由加子さんら6人)それぞれに対し、須川さんが衣装をデザインした。彼女はこれまでも自身のイラストで義足の少女を描いたりしていたが、今回は生身の女性が対象だったため、デザイン画にはかなり苦労したという。彼女たちひとりひとりは独立した人間で、やはり好みも出てくる。予算や時間が無制限ならともかく、ただでさえデザイン画を立体化するのは大変なうえ、プロのモデルではない人たちに似合うものを仕上げていくのは並大抵の労力ではない。着るものも愛せないと、自信を持ってステージに立つのは難しくなる。臼井さん、越智さんの声かけにはじまり、プロジェクトが広がって、菅井さんはじめ多くの人の協力があって、今回の衣装が形になった。
義足の人に限らず、じぶんの見た目にコンプレックスを抱き、服装や髪型の傾向を固めている人も少なくはないだろう。しかし、他人から薦められたものが意外と似合うということもある。じぶんはこうだと自己像を抱いても、鏡を見たり、他人の目を通さないと、じぶんのことはなかなか把握ができない。ここでも他人の存在が重要になる。
ネイル、化粧、洋服、髪型など見た目を装うことは、恋愛対象と会うときに勝負服を着たりメイクを変えたり、自己満足や気分転換のためだけではなく、仕事のためにスーツを着ることなど、身だしなみといった社会マナーという側面もある。そうして社会に出てじぶんの存在を認めてもらえると自尊心も高まるだろうし、どちらかひとつの意味では解せない。須川さんもはじめにショーに出たときは義足を見せることに抵抗があったそうだが、「この機会に保守的な気持ちを脱してみよう」と思い、皆がいっしょという心強さも手伝って、装具をはずせたという。ひとりで自信をつけるということは、ほとんど無理な話だ。
そう考えると、本人の資質にだけでなく、家族の経済状況や不理解、地域性などよって外に出られない人もいるだろう。自己責任と片付けていていいのだろうか? とおもう。10月に発売された『現代思想』の特集「相模原障害者殺傷事件」号で社会学者の上野千鶴子氏が述べたように、わたしたちは誰もが年を取ると認知能力や身体機能が低下し、ある種の「障害者」になっていく。つまり、他人事ではない。
しかし、2020年の東京オリンピック・パラリンピックを前に、特に後者への関心が高まっている一方で、東京の街を見ているだけでも、車椅子や義足や視覚障害などを持つ人々にとって動きやすい環境だとは言いがたい。バリコレの際も、会場の六本木ヒルズアリーナの近くには、車椅子も入れ、オストメイトが使える多目的トイレはひとつしか見当たらなかった。
洋服の話にもどす。服を買うためには外に出る必要がある。ネットで買うこともできるが、誰かに見せないと似合うものがなんなのかわからない。だから人に会うために外に出る必要がある。どんな身体であっても外出のできる環境作りも大事だ。また、お店側からの受け入れ体勢がうかがえないと、洋服を買いに向かえない。「他人とちがう」という意識に囚われた人々にとって、どんな身体をしていても、生き方をしていても、気兼ねなく対応してくれる店は足が向かいやすくなるだろう。
再びわたしの話をさせてもらいたい。
極度にアイデンティティが定まらなかった時期を過ぎ、生き方を求めて東京の大学に進学すると、20歳になる前くらいにハイファッションにハマった。大学の近くに品のいいセレクトショップがあり、店員の方からロンドンやニューヨークやベルギーのブランドを教えてもらった。
そうして洋服を好きになると、ほとんどの服は、男女の肉体の性差を基本に作られていると気づいた。つまり女性は胸があって腰が張っていて、男性は肩幅や胸板ががっしりしている人が多い、という傾向をもとに作られている。わたしがかつて着ていたNICE CLAUPのニットは身体にぴったり張りついて、むしろ胸板と肩幅を強調していたのだ。もちろん好きな服を着るにこしたことはないけれど、それ以上に、じぶんのそのときの身体に合ったものを着るほうが良い。
ファッション誌を熱心に見るようになると、ごつごつと骨ばって薄い胸をしたスーパーモデルの身体に憧れ、肩幅が広くて、豊満な胸ではないけどシリコンなど入れる気のないじぶんのままでもいいのかもしれないとおもうようになった。
ジバンシィ、ディオールなど世界的なハイブランドも手がけたことのあるジョン・ガリアーノは、自身のブランドの2006年春夏コレクションで、巨人症、低身長症、豊満な体型、老人などのモデルを起用したショーを見せてくれた。スーパーモデルや役者など著名人が美のスタンダードや憧れになっているけれど、このショーのように、実際のわたしたちの社会にはいろんな体型の人々がいる。
「切断ヴィーナスのように表に出られる人は氷山の一角」と須川さんが言うように、義足に限らず、先述したように様々な障害や悩みを抱えた人々がいろんな制約があって、堂々と表に出られる人々ばかりではないだろう。11月22日には「パラフェス2016」が行われる。このように、スポーツを通して障害を持つ人々への関心は集まっている一方で、バリバラは以前、故ステラ・ヤングさんの使った「感動ポルノ」という言葉を引用し、〈「障害者×感動」の方程式〉として世間が消費してきたことを看破し、伝えた。この図式は、スポーツができたりおしゃれな障害者ばかりに注目が集まることへの懸念にも、そのまま当てはまりそうだ。もちろん、光をあてるきっかけになる取り組みだとおもうが、流行に終わってほしくはない。
それでも、様々なハンディキャップを持つ人々が、衣服をまとい、楽しめる未来を夢見る。そのためには、街も、人々の意識も変わらないといけない。洋服をきっかけに、街の様子を眺め、どう変わるのが適切かを考えてみるのはどうだろうか。
(鈴木みのり)