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I LADY. 「新・女子力テスト」とニセ医学 ジョイセフ×電通「粉かけ罰ゲーム動画」の背景

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繰り返される問題

一見まともそうにみえる団体が妙な知識にお墨付きをあたえて世論を誘導するという構図は、昨年の高校の副教材に「女性の妊娠のしやすさの年齢による変化」に関する改ざんグラフが掲載された事件と共通するものです。この「妊娠のしやすさ」データの大元は、1950-60年代のアメリカの、特殊な宗教背景のコミュニティを対象とした研究によるもので、新婚の夫婦の間では30歳中ごろまでは妊娠の確率はほとんど変わらないと読みとれるものでした。それが半世紀たって日本の高校副教材に掲載されたときには、22歳をピークとして急激に「妊娠のしやすさ」が低下するグラフに書き換えられていたのです。

このグラフをつくったのは、産婦人科界の重鎮、慶應義塾大学名誉教授の吉村泰典医師でした。吉村医師は内閣官房参与として安倍政権の「少子化社会対策」を支えるブレーンとなっていますが、日本生殖医学会の理事長をつとめていた2013年以降、自身の運営する一般社団法人のサイトや、厚生労働省作成の動画などでこのグラフを使い、「22歳時の妊孕力を1.0とすると、30歳では0.6を切り、40歳では0.3前後」「卵子の数の減少と、一個一個の卵子のクオリティの低下が非常に大きな原因」などという持論の根拠としてきました。そして産婦人科の専門家や団体は、このようなグラフ利用をまったく批判してこなかったどころか、2015年3月に日本産科婦人科学会など9つの学術団体が合同で「学校における健康教育の改善に関する要望書」を内閣府に提出した際に、参考資料として使用していたといいます。

厚生労働省作成の動画「妊娠と不妊について」(2014年3月5日) で改ざんグラフを見せて「妊娠の適齢期」について説明する吉村泰典・日本生殖医学会理事長 (当時) (http://d.hatena.ne.jp/remcat/20160528/mhlw)

厚生労働省作成の動画「妊娠と不妊について」(2014年3月5日) で改ざんグラフを見せて「妊娠の適齢期」について説明する吉村泰典・日本生殖医学会理事長 (当時) (http://d.hatena.ne.jp/remcat/20160528/mhlw

「正しい知識」を得ることの困難

このように、あやしいデータをもとに、日本女性は健康に関する知識が足りないとして、いいかげんな情報をひろめるキャンペーンが次々と展開されているのは、笑えない状況です。キャンペーンの動機はさまざまでしょう。しかし、ポイントは、ここに政府が乗っかって、「少子化社会対策」のための国策として推進していることです。

この状況で、正しい知識を手に入れるのは大変です。最低限の防御策として、「出典表示がいいかげんなものは相手にしない」という原則は有効ではあります。特に、何のデータかわからないようなグラフをのせているウエブページや教材の類は、即座にトンデモ認定してかまいません。もっと根本的な対策としては、学校で習う各教科の基礎知識をきちんと身につけるとか、いろんな分野の本を読んで教養をひろげるとか、図書館などに親しんで資料収集の技術をみがいておくとかいうことも大切です。でも、そうしたことをいくらがんばってみたところで、専門家と政府・メディアが結託して巧妙に偽造した情報を本気で流しはじめたら、それを見破って抵抗することは、素人にはまず不可能です。

それより、まずは知識を啓蒙しようとする団体自身が責任を持って情報を検証し、信頼できる情報に基づいて正しい知識を発信しないといけません。これは、その気があればすぐにできることであり、啓蒙にあたっての責任です。しかし、ジョイセフも産婦人科関連の専門家団体も、その責任を遂行せず、トンデモ情報に基づく啓蒙活動をしています。これでは悪意を持って一般の個人の知識を操作しているといわれても仕方ないでしょう。

「I LADY.」プロジェクトは、この問題の動画以外にも、すでに各地でセミナーなどを開催しており、今後さらに展開して高校教育などにも進出することをもくろんでいるようです。協力している「アクティビスト」のなかに、あやしげな商売に利用している人たちがいるのではないかという疑惑もあります。ジョイセフに対しては、このようなかたちで政治的勢力を拡大する前に、まず足元を見つめて、正しい知識の根本となる科学的なリテラシーを身につけてほしいところです。

田中重人
東北大学大学院文学研究科准教授。社会学・社会調査法を専門とし、「社会階層と社会移動」(SSM) 調査や「全国家族調査」(NFRJ) などの大規模社会調査プロジェクトに参画してきた。研究関心の中心は家族制度とジェンダーの問題であるが、2015年の高校保健副教材問題以降、医学における非科学的データ利用とその世論・政策への影響について調査している。

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