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どんなに失敗を繰り返しても、生きていける。レナ・ダナムの命綱は自己肯定感『ありがちな女じゃない』

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『ありがちな女じゃない』(河出書房新社)

『ありがちな女じゃない』(河出書房新社)

 11月某日、ライターの雨宮まみさんが突然にこの世を去った。私は彼女の熱心な読者というわけではなかったが、たまに目にした人生相談等の、他者を肯定するやわらかさと力強さを合わせ持つ文章を楽しんで読み、その度その筆力に圧倒されていた。

 私のTLの反応は凄まじかった。多くの人が落胆し、仕事中だと言うのにふと涙が流れ出してとまらないという人までいた。彼女の不在を受け入れられず、だからこそその死を美化することに激しく抵抗する人もいた。それほどに雨宮さんは日本の多くの女性たちに影響を与えていたのである。

 彼女たちがtweetで紹介する雨宮さんの過去の文章を読むうちに、それほどよく知らなかった私にも少しずつ彼女のことが垣間見えてきたように思う。これはあくまで彼女のエッセイからの推測であるが、雨宮さんはご自身の性格やその社会的立場とはかかわりない理由で大きな情動の振幅に苦しんでいた。その情動の振幅の大きさがいわれのない焦燥感や気持ちの落ち込みを引き出してしまうことはあり得る。もちろん豪胆で明朗な側面もまた彼女の要素であっただろうし、実際に雨宮さんとつきあいのあった人にはその豊かな情動が細やかな優しさとして感じられたことは想像に難くない。それは彼女の文章を読んでも十分に推測される。

 雨宮さんが多くの日本女性たちの心をつかみ、一躍その名を有名にした言葉に「こじらせ女子」がある。今回取り上げる『Not That Kind of Girl(邦題『ありがちな女じゃない』河出書房新社)の著者レナ・ダナムが脚本、監督、主演、プロデュースを担当し大ヒットさせたドラマ『Girls』の日本初放送時の宣伝コピーはこのキャッチ―な言葉を用いた「全米最強こじらせ女子ドラマ」というものであった。しかし当初から私はこのコピーに強い違和感があった。ドラマ『Girls』の登場人物たちは雨宮さん自身もそうであったという、思春期の頃から自分の女性性を肯定できないにも関わらず“大人になる”ことばかりを社会から急かされ、それゆえに年齢を重ねてもいつまでも自分自身を肯定することのできない「こじらせ女子」とはむしろ反対の女性像を体現していたからだ。それは製作者であるレナ・ダナムも同様であることがこの自伝を読むとよくわかる。

「ドS彼氏」は人間じゃない!? 何者でもないオンナノコの成長物語『GIRLS』

 抑うつ症状を持つ患者には、うまくいかなかったことの原因を「自分がだめだからだ」と自分に帰属させてしまう人が多いと言う。実際、認知療法ではこの自身に原因を帰属させるスタイルを変えることからうつ病の治療が始まるのだが、レナの自伝を読むと、彼女は見事にその思考パターンを回避している。

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