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男同士で傷を舐め合ってもいいじゃないか! 「男らしくない男たちの当事者研究」始めます。

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『非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か』(集英社新書)の著者・杉田俊介さんと、Twitterで「男らしさ」について積極的にツイートされているまくねがおさんによる連載「男らしくない男たちの当事者研究」が始まります。第一回はイントロダクションとして、お二人が知り合った経緯と「当事者研究とは何か」についてお話いただきました。

「人とつながるとは、ほどほどなんだ」

杉田 まくねがおさんとは、元々SNS上で知り合ったんですよね。まくさんは僕が書いたものを読んでくれていて、ツイッターで少しやり取りがあったり、今年の3月頭頃に直接お会いしたりしました。そのときに、ほとんど丸二日くらいだったかな、お互いの男性問題について話したんです。その会話の中で、いつか「男らしくない男たちの当事者研究」を一緒にやれたらいいですね、みたいなことになりました。まくさんと直接お話しながら頭を整理したりして、そのあとすぐ『非モテの品格』(集英社新書)が完成したのでした。あの本は、僕なりの男性論の最初の一歩という感じなのですが、いかがでしたか?

まく そうですねえ。「非モテ」「ルサンチマン」について書かれている第二章がとにかく僕には面白かったです。「こういう文章を読みたかった」という感想で。ルサンチマンとか自己否定の感覚をとことんえぐっていって……。後半では、ルサンチマンや自己否定の感覚を打ち消そうとしたり、乗り越えようとしたりはしない形で文章が進んでいったところでハッとしましたねえ。

杉田 ふむふむ。

まく ルサンチマンや自己否定の感覚を認めた上で、そこから出発しよう、と。これまでの自分の失敗とか自分のダメさとか、ついつい気にしてきた(今も気にしてしまう)自分のことをも含む「自己尊重」という考え方に、読んでいて強く励まされました。第二章は、繰り返し読んでいますね。

杉田 僕はあの本の中で、「自己肯定」と「自己尊重」を区別してみたんです。「自己肯定」とは、素朴に自分の人生を肯定できること(もしくはつねに「俺は正しい」「自分は幸福だ」と自分に言い聞かせるタイプの人もいます)。それに対し、「自己尊重」とは、たとえうまく自己肯定ができなくても、不十分なところ、弱さやダメなところが色々とあっても、これまでに一歩一歩、地道な努力を重ねてきた、ということの意味をそれなりに認めてあげて、自分の人生に対してほどほどの自信、そこそこの自尊心を持っていくということですね。

まく ええ、そうでしたねえ。あの区別は、とっても大切な気がします。

杉田 いわゆるヘテロの男性って、自分の能力や強さに居直ろうとするか、だめな自分を過剰に自己否定してしまうか、そのどちらかに傾きがちな気がしたんです。少なくとも僕はそういう感じでした。そのどちらでもないような考え方がほしかったんですね。自分の中の弱さとかルサンチマンを受け入れながら(それはすごく苦しいことだけれど)、これまでの失敗や間違いも含めて、自分がやってきたことをどうにかこうにかそこそこに尊重していく。そういうところから男性の生き方を考えていけないかな、と考えたんです。僕自身が色々な弱さやだめなところをたくさん抱えた人間ですので……。

まく なるほどです。僕自身の感覚を言うと、ですね……。杉田さんは、本の中で確か「死にたい」という気持ちが消えないと書かれていましたが、僕自身の感覚では「消えたい」という気持ちがあるんですよね。慢性的に「辛いなあ」とか、「苦しいなあ」って感じてるんです、ひとりのときに。一度、「自分は死にたいのかな」と考えたことはあったんですけど。死ぬのは怖いんですよね。死ぬためにやることが、痛かったりとか苦しかったりとかしそうで。一番しっくりきたのが「明日の朝、目が覚めてたら、消えていたら良いのになあ」って言葉で。そういう感覚が、自分の中にあるんです。

杉田 死にたいというのと、消えたいという感覚とは、まくさんの中では違うんですね。

まく 「死ぬ」というと、死ぬ直前の苦痛を想像しちゃうんですよね。「消える」というと苦しくなさそうだな、という。そういう感覚ですねえ。

杉田 その場合、「消えたい」という感覚は、まくさんの中では男性としてのジェンダーとか身体性などにも関わっているのでしょうか。

まく この対談をする前に、色々と考えたのですが……。正直、自分の中でも、揺れている感じがあります。身体性に関しては、関係があるのかもしれないけど、よくわからない。そして、「男である」ということと「消えたい」ということについては、関係があるような気がしているのですが、過度に結び付けすぎてるんじゃないか、と思う自分もいて。

杉田 男性問題というよりは、普遍的というか、存在論的というか……?

まく うーんと……。「消えたい」という気持ちは、「寂しがり屋」という感覚から来てるんじゃないかな、と。この対談の前にあれこれ考えたとき、要するに僕は「寂しがり屋」なんじゃないかと。そんなふうに思いました。

杉田 「寂しい、だから他者との関係や承認を求める」のではなく、「寂しい、だから消えたい」という感じなんですね。分かる気もするけれど、なんだろうな。他人との関係や承認を諦めている、諦めざるをえない、という感じがあるのかな?

まく 「寂しいから、恋人でも、友だちでも良いから、心の奥底を話せる人がほしい。でも、その努力は怖い。うまくいかないのも怖い。そうして動かない自分もイヤだ。ああ、もう消えたい」って感じ、でしょうかねえ……。

杉田 寂しさと孤独っていうのは、まくさんの中では違う? 同じ?

まく うーん……。同じ感じがしますね。

杉田 恋人なのか友だちなのか、「心の奥底」を話して、繋がれる人がいたら、その寂しさ(孤独)は消えそうですか。予感として。

まく ……いえ。消えそうにないですね。「人とつながるとは、ほどほどなんだ」と諦める感覚を得ることが、僕には必要なんだろうな、と思います。

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まくねがお

まくねがお(ハンドルネーム)。シスへテロ男性。二年前からツイッターを使い始め、「男性性と暴力を考える」というテーマで、自分のことや映画のこと等を素材に、呟きながら考え続けています。

杉田俊介

1975年生まれ。異性愛者の男性(暫定)。人の親。批評家。20代半ばから障害者介助をしてきたが、現在はお休み中。著書に『非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か』『長渕剛論』『宮崎駿論』など。

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非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か (集英社新書)