連載

「脱毛しないと男子に嫌われちゃう!」と女子を脅すPRに告ぐ。「人間を馬鹿するのもいい加減にしろ」

【この記事のキーワード】

男性優位社会に慣れた女性の自尊感情

 なぜ、男性に嫌われることを、女性は恐れるのか。収益を理由に、“男性優位社会のために生きる女性像”を長年に渡って正当化し、喧伝し続けた広告・メディアが、若い女性の自尊感情をないがしろにする男性隷従型の刷り込みを行った結果、当の女性の自己肯定力が」低下したのか。ならば、その刷り込みは歴然とした社会悪である

 メディアサイドに悪意がない場合、ますます罪深い。喧伝文句を刷り込まれた消費者は、その一方的かつ局所的な価値観に慣らされ、順応する自分に違和感を覚えぬまま、自分の身体を、誇りを、命を尊重する観点が当の本人より欠落する。社会の掲げた理想の女性像と自らを無条件に比較し、その差異を根拠に自己を嫌悪し、否定する。

 自己否定の慣習は、かけがえのない自分を信じ、愛し、受け止める肯定力の成長を阻む。刷り込みによる自己否定はオートマティック。自己肯定は能動性と自尊心を燃料に駆動するマニュアルドライブ。操作が面倒なので否定の沼でぬくぬく暖を取っている方が楽だと感じる者がいるとしても。自己を尊重できない精神性を植え付けられて良い人間など、この地球上には一人として存在ない。

 人間を馬鹿にする言説を刷り込まれた者は、無自覚的に自分を馬鹿にする。他者との比較や評価を気にするついでに、馬鹿にして良い他者を探す。同時に、馬鹿にもされる。こうした馬鹿のデフレスパイラルより抜け出すために必要なものこそが、自尊心だ。

 かく言う私自身はそう大層な者でも何でもないが、しょうもない欠点も含めた己の在り方を淡々と引き受ける自己肯定感情をもっている。好きな男にも他者評価にも媚びない。デフォルトである身体に対し、私自身が愛着をもっている以上、誰にも文句を言わせない。しかし、そんな私にも、好きな男に愛されたいがために体毛を処理した時代があった(参照:ナガコナーバス人間考察『ある朝、目を覚ますと、アンダーヘアが消えていた』)

 毛の処理は“自分のため”か“他者のため”か。誰にも媚びたくはない己のアイデンティティについて熟考する機会を与えてくれたアイテムが、私にとっては、なぜか毛であった。おかげ様で、男性に嫌われたくないという不毛な理由でアンダーヘアを整えない大人として、無事に成長することができた。ありがとう、毛。

 私の身体は誰のものでもない。私のものだ。私がもって生まれたデフォルトに文句がある男など、私の人生には必要がない。等身大の姿形を自分自身が愛せない状況は、誰にも愛されないよりもつらい。よって、自分が納得するまで身体を鍛え、食生活をコントロールし、アンダーヘアを“超かっこいい”稲妻型に整える。結果、男にどん引きされようが、一緒にお風呂に入った友人に笑われようが、知ったことではない。私の身体なのだから、私が良ければ問題ない。

 直近の問題は、サロンでまんべんなく脱毛することにより、自己満足以外の何ものでもない“超かっこいい”アンダーヘアの設計が狂い、我が恥丘がバーコードのごとくの過疎毛地帯と化してしまったことに尽きる。納得がいかないので、今一度デザインを練り、足りない箇所に増毛を施すという遊びを、今、思いついた。これを2017年の抱負としたい。

 というわけで、新年あけましておめでとうございます。今年も、誰に言われるまでもなく、「勝手に輝こう!」。

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林永子

1974年、東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学映像学科卒業後、映像制作会社に勤務。日本のMV監督の上映展プロデュースを経て、MVライターとして独立。以降、サロンイベント『スナック永子』主宰、映像作品の上映展、執筆、ストリーミングサイトの設立等を手がける。現在はコラムニストとしても活動中。初エッセイ集『女の解体 Nagako’s self contradiction』(サイゾー)を2016年3月に上梓。

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