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女性を殴り、腹を切り裂くドラマを「ポリコレ棒」でぶん殴らない理由『ウエストワールド』

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『ウエストワールド』公式サイトより

『ウエストワールド』公式サイトより

 昨年トランプが大統領選で勝利をおさめたのを契機に「ポリコレ疲れ」という言葉が日本でも口にされるようになった。排他的、差別的表現批判に反発する物言いが目立つようになり、自分の好む創作物が女性や子供、マイノリティの権利を侵害していると批判される煩わしさを「ポリコレ棒でぶん殴られる」という言葉で表現する人が現れ始めた。どうやら彼らは自分たちこそが“被害者”であると認識しているようだ。少女を性的オブジェのように扱う表現をしても、それは架空のキャラクターに対して行われるものでそもそも「被害者はいない」、果ては「実際にある現実を描いているだけだ」と彼らは主張する。そんな人たちを見ていると私は現在アメリカHBOで制作・放送され大絶賛されているドラマ『ウエストワールド』をいやおうなく連想するのだ。

 このドラマは作家マイケル・クライトンが70年代に脚本、監督した映画のリメイク版である。ウエストワールドとは開拓時代の西部地方を舞台にした、近未来の体験型テーマパークだ。そのテーマパークで繰り広げられるドラマは、ホストと呼ばれるAIを搭載した人工人間によって再現されている。この中で多額の入会費を払って会員になっている富裕層らしきゲストたちは、現実世界で従っているモラルなどかなぐり捨てあらゆることを実行するのが許されている。懸賞金がかけられたお尋ね者をなぶり殺し、遺体と笑顔で記念撮影をすることも、街はずれのひなびた家につましく暮らす清楚な美女を、恋人の目の前で犯すこともできる。そもそもその美女の「結ばれる未来を待ち望む恋人」もその悲劇性を強調するための「設定」なのだ。彼女の平穏や幸福は特権階級であるゲストに破壊されるためにあり、彼女は突然にすべてを奪われ凌辱されるためにその世界に存在しているのである。

 そのことがよくわかるのは、彼らが記憶を持たないという点にある。「私は私である」と思える人間のアイデンティティは記憶の集積によって作られる。生まれてからの経験によって、体験した衝動や反射的行動の記憶によって、とっさの行動が可能になり何を好ましく思い何を疎ましく思うかが決定される。しかし人工人間であるホストは傷つけられたり犯されたり殺されたり、モノのように扱われるたびに記憶を消去され、まっさらの「道具」として蘇る。だから彼らには「自己」というものがない。あったとしてもそれは開発者のフォード(アンソニー・ホプキンス)とアーノルドが「神」として取り上げてしまう。

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パプリカ

フロイトとDSMⅤと神経細胞の間で働く日々。子供の頃から、自己肯定感に満ちあふれたアメリカフィクションのファン。座右の銘は「What would Rachel Berry do?」ファッション・アイコンは『Clueless』

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