養育権のない親による“誘拐”
子供の誘拐にはいろいろな動機がある。小児性愛者、身代金目的、稀にある「どうしても子供が欲しかった」以外に「養育権/親権を持たない親による誘拐」もある。
アメリカでは子供へのネグレクトや虐待が日本の児童相談所にあたる機関に通報されると、子供は行政の保護下に入り、親は一時的に「養育権」を停止される。この時点では「親権」は保持したままだ。
アメリカは養護施設より里子制度が一般的なため、多くの子供は里子として他の家庭に預けられる。親は更生に取り組み、家庭裁判所で「親として育児の準備ができた」と認められれば養育権を取り戻し、再び子供と暮らせる。
ある程度の期間を経ても更生が出来ない親は「親権」を剥奪される。親権とは法律上、子の親であることを意味し、親権剥奪が行われると血の繋がりはあっても親ではなく完全に他人となる。他人である以上、子に会う資格は一切無くなる。
離婚のケースでは多くの場合、双方の親が親権を維持する。ただし、実際には子はどちらかの親と暮し、他方の親には例えば「隔週の週末だけ自宅に泊まらせる」などといった面会交流条件が設けられる。しかし、この条件に満足出来ない親もいれば、子と暮している親の一方的な都合で面会交流がキャンセルされ、子に会えない不満を募らせる親もいる。
養育権/親権の有無にかかわらず、実親が子を恋しく思うことに変わりはない。児童相談所経由で養育権停止中の親は子と定期的に面会を行うが、面会時にこっそり子供を連れ出すケースが稀にある。また、離婚のケースも含め、養育権もしくは親権のない実親が学校や学童保育所に迎えに来たフリをして子を連れ出すケースがあるため、教育施設の中には「(保護者や親戚など)子を迎えに来る人物のリスト」「子を引き渡してはいけない人物のリスト」を提出させるところがある。
いずれのケースも無許可の連れ出しは誘拐扱いとなる。もちろんアンバーアラートの対象であり、見つかれば親は逮捕される。ただし愛情ゆえの誘拐だけに子供に危害を加えるとは考えにくく、州によってはアンバーアラートから除外するところもある。日本に比べると、いわゆる「親子心中」が少ないという社会背景もあるのかもしれない。また、誘拐した親への刑事罰も情状酌量されることがある。
※親権、養育権にまつわる法は州によって異なり、家庭裁判所の裁定もケース・バイ・ケースなことが多く、上記はあくまで一般的な事象と見解をまとめたもの
ギブアップしない捜索
ニューヨーク市ではアンバーアラートとは別に、ニューヨーク市内の行方不明者をテキストメッセージで知らせるシステムもある。こちらは平均すると月に15件前後で、ほとんどが認知症の高齢者、アルツハイマー、または統合失調症の患者だ。
先日、筆者はニューヨークの地下鉄駅で柱に行方不明者のポスターを貼る若い男性を見掛けた。ポスターには79歳の男性の氏名と、おそらくアパートのロビーの監視カメラで写されたと思われる写真、連絡先の電話番号が書かれていた。この記事の参考に話を聞いてみようかとも思ったが、男性の疲れた顔を見ると声を掛けることは憚られた。しかし目が合ってしまい、ひと言「お気の毒です」と言うと、男性は無言で頷き返した。
つい先ほど、行方不明となった男性の名前で検索してみると、姿を消してから10日後に見つかったとの記事があった。あの若い男性も含め、家族はどれほど安堵したことだろうか。
ニューヨーク市内に貼り紙が貼られるケースには、ティーンエイジャーの家出、そして時折、自閉症児の逃走もある。特別支援学校は生徒が学校を抜け出せないように職員を配置しているが、それでも10代ともなると目をかすめて一人で街に出てしまう生徒がいる。
2013年10月にニューヨーク市内の学校から14歳の自閉症の少年がいなくなった。連日ニュースで報じられ、あちこちにポスターが貼られた。捜索も延々と続けられた。市民からの通報もあった。地下鉄の中である乗客のスマホによって撮影された若者がその少年かもしれないという報道もあった。結局、3カ月後に川で遺体が発見される悲痛な結末となったが、繰り返し報道とポスターを見たため、筆者は今も少年の顔と名前を覚えている。
アメリカは行方不明者の捜索を諦めない。州や市の公式ウエブサイトの「ミッシング・パーソン(行方不明者)」のページに行くと、1980年代に失踪した子供の当時の写真と、コンピュータで作成した現在の予測顔写真がいまもなお掲載されている。
(堂本かおる)
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