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「たったひとりの運命の人がいる」っていう幻想に囚われて結婚した/小谷野敦×枡野浩一【2】

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 小谷野さんの「記憶の取り調べ」に対して、「記憶がおかしいんだけど、記憶が薄れない」と答える枡野さん。「ちゃんと自分になにが起きたかを時系列で把握しておかないと私小説は書けない」という小谷野さんは枡野さんの個人的かつ性的記憶へと踏み込んでいき、対話は絵本『100万回生きたねこ』の評価への疑問、さらに「枡野さんは常に女に襲われている……」という話へと進みます――。

「枡野さん、童貞を失ったのはいつですか?」(小谷野)

枡野 僕、自分で書いた本も事実や出来事は嘘じゃないんです、全部。ただ、いつあったかという描写はほんと自信なくて。だから歌人でもある寺山修司[注]、あの人は嘘ばっかり言っているんですけど……僕は(同じ歌人である自分は)嘘つきじゃないと思ってるんですけど、記憶違いがこれだけあったら、嘘つきといわれてもしょうがないかもしれないです。

小谷野 その髪形にしたのはいつですか?

枡野 えっとまず、僕、スキンヘッドだったんですよ。それはね、『かんたん短歌の作り方』[注]っていう連載を『CUTiEComic』(キューティ・コミック)[注]っていう漫画雑誌にしていたときにスキンヘッドにして、そのあとだんだん伸ばしていくようになって、半端に伸びた坊主になったから、それはけっこうわかりますね、いつからかは。

小谷野 97年くらい?

枡野 赤ちゃんがいた頃はまだスキンヘッドだったと思います。それで、別居しはじめたくらいからじゃないですかね、坊主になったのは。

小谷野 スキンヘッドと坊主はどう違うんですか?

枡野 スキンヘッドはまずツルツルにすることが大変で、頭の皮膚が傷んで、皮膚が厚くなっていくんです。あと、雨が降ったときにすぐわかるのがスキンヘッドです。坊主はちょっと伸びたらバリカンで刈ったり床屋で切ったりするんですけど、スキンヘッドは凄く手間がかかるので嫌がられますね。床屋さんでスキンヘッドにしてくれっていうと、手間がかかるので代金が高いですね。

小谷野 枡野さんってパッと見ると、お坊さんかと思いますよね?

枡野 よく言われます。

小谷野 (僧侶の)小池龍之介さんに似てますよね?

枡野 なんかスキンヘッドにしたときも、怖がられるタイプとお坊さんに間違えられるタイプがあると思うんですけど、僕はほぼ、お坊さんと思われてましたね。

小谷野 あの、南Q太さんが今のお子さんとの暮らしを描いたエッセイ漫画がありますよね? あの中に出てくる今の夫さんが、枡野さんそっくりなんですけど、あれ、なんでですか?

枡野 えっとね、(僕とは)違うと思いますよ。彼女はね、ちょっと変えて描くんですよ。今の新しい旦那さん、ちょっとハゲた旦那さんなんですけど、その人のことをデフォルメして描いてるんじゃないかなぁ。

小谷野 それがたまたま枡野さんに似ちゃった?

枡野 まぁそういうことじゃないですか。安彦麻理絵さんの元夫の方なんですけど。

小谷野 あ、そうそう。枡野さんの出してくる固有名詞って、よくわからないのがたくさんあるんですよ。

枡野 そうですかぁ。安彦麻理絵さんっていうのはサブカル系の漫画家で……。

小谷野 だからサブカル系のっていうか、地下アイドルみたいな、地下漫画家みたいな。南Q太って地下漫画家じゃないですか?

枡野 まぁ、そうかもしれません。

小谷野 そういう人がたくさん出てくる。

枡野 おっしゃるとおりですね。

小谷野 まぁ、それでね。それでなんなんですか、枡野さんは南Q太さんに誘われたからセックスしちゃった?

枡野 そうですね。

小谷野 あっ、そうですか!?

枡野 はい。はっきり言いますが、そうです。

小谷野 じゃあ、さほど自分から好きで近寄ったという感じではない?

枡野 や! 漫画家としては大好きでしたよ。もう大ファンでしたから。「結婚したいほど好き」ってコラムに書いたこともありますもん。

小谷野 枡野さん、「女の人をすぐ好きになる」ってこないだ言ってましたよね?

枡野 僕が?(枡野注/「自分はなかなか人を好きにならない」と書いた記憶はある)

小谷野 ええ。

枡野 あ、だから、その「好き」は性的にではなく、なんですよ。

小谷野 そうなんですか。

枡野 性的な興味は鈍感かもしれなくて。あの、南Q太さんも……あっ、また名前出しちゃった!

小谷野 さっきから何度も私、出してます。(枡野さんのファンなら)誰でも知ってることじゃないですか(笑)。

枡野 (南Q太さんは)あんまり顔が好みだったというよりは、漫画が大好きで、それで向こうに求められたから嬉しくてやってしまった、みたいな感じです。

小谷野 ほお。

枡野 あと、積極的な方だったので、新鮮で。だから人生で一番セックスしてたのは結婚中ですね。

小谷野 なんか、「南Q太さんが自転車を盗んでくる」って話をされましたよね?

枡野 あ、それは、僕がよく自転車を盗まれがちなんですよ。でも彼女は若い時に「自分の自転車盗まれたら、他人の自転車盗んで帰った」って言ってて。そこはちょっと僕には理解できなくて。不良の男の子だったら、それがカッコいいかもしれないじゃないですか。自転車盗んじゃうの。

小谷野 いや、私は別にカッコいいと思わないです。

枡野 あ、そうですか。それで、僕はそれがやっぱり嫌だったんですよ。そういうことをつい怒っちゃってたんですよ。嫌だなって顔に出して。

小谷野 顔に出して?

枡野 あ、でも、最初は怖くて言えなかったんですけど……。あの~、そういうことを僕が言うようになってからダメになりましたね。

小谷野 自転車盗むってどうやってやるんですか?

枡野 鍵とかをカチャカチャって壊しちゃうとか?

小谷野 その壊す手技が巧みなんですね。

枡野 あとは鍵つけてないのもあったりするんじゃないかと思うんですけど。ただ、ちゃちい鍵だと石かなんかでやれば壊れるんですよ。そのへんは詳しく聞きませんでしたけれど。でもそもそも病院に入院していても点滴を引きちぎって逃げてきちゃうような人だから。人間って、そういう、しちゃいけないってことがない人は強いですよね。点滴されてても引きちぎって逃げていいんだと思える人は犯罪ができますよね。

小谷野 …………。

枡野 だから(南Q太さんは)、民事裁判で「(元夫に)子どもを会わせる」って取り決めになっても約束を守らないっていう……。

小谷野 まぁそれはちょっと置いといて。枡野さんは童貞を失ったのはいつですか?

枡野 童貞の話をしますか。僕ね、いたずらされたのが若いときで。13歳のときにいたずらされたことがあって。女の人に。

小谷野 えっ、女の人に!?

枡野 ひとつ年上の人に。それからちゃんとセックスするまでだいぶ時間がかかるんですけど。だからちゃんとしたのは23歳のときですね。それも年上の女性でした。

小谷野 『猫猫塾』では、そういうことを書く人がいると、ちゃんと童貞喪失までさかのぼって書かせるんですよ。

枡野 それはね、書きたかったんですよ、今回の本でも。ただうまいこと話の中に入れられなかったんですよねえ。う~~ん。

小谷野 ならば、それだけで書けばいいんですよ。

枡野 そうですか。それは「私小説」になりますか?

「元奥さんとは『運命の人』みたいな気持ちでした」(枡野)

小谷野 や、あの、話をまず戻しますと。

枡野 はい。

小谷野 愛というのを私は、「人類愛」や「博愛」のように使うものであると思っていて。「恋愛」というのはひとりの人を選んで他を排除するものだから、「愛」を使うべきでないと。

枡野 そう、(著書で)書いてらっしゃいましたよね。

小谷野 それで、なんでこの本(『愛のことはもう仕方ない』)で枡野さんは、“愛のことはもう~”って使ったのかと。

枡野 それは、売れるために(笑)。

小谷野 じゃあ(対談シリーズタイトルの)<心から愛を信じていたなんて>っていうのはなぜ? 「恋愛至上主義」みたいなものに囚われていたんですか?

枡野 その通りですね。小谷野さんの著書“村上春樹を読む女はなぜ病むのか?”でしたっけ?

小谷野 『病む女はなぜ村上春樹を読むか』[注]です。

枡野 その本の中で、有名な絵本の佐野洋子さんの『100万回生きたねこ』[注]について、“たったひとりの運命の人がいる”っていう幻想に囚われた本だ、って書いてらして。僕、あの絵本大好きで絶賛したことがあるんだけど、言われてみると確かに「たったひとりの運命の人に出会って幸せになりました」って本だから、その通りだなと。あの、なんだろう、本当にそういうものに囚われてたんだなと思いましたね。

小谷野 それはいつごろから囚われはじめたんですか?

枡野 わかんないですね。でも結婚したのも、こんな南Q太さんをここまで面白がって好きになるのも自分だけだろうとまず思ったし。あと、すでに上の子(娘)がいたんですけど、血のつながらない。その子も可愛かったので。変な話ですけど「この子の父親になって彼女と幸せに暮らすのは僕だ」みたいな。たったひとりの運命の人みたいな気持ちでしたよ。もしその時代だったら、映画『君の名は。』[注]を観ても、素敵だと思ったかもしれません。

小谷野 でもそのときは、自分から好きになったわけじゃなかったんですよね?

枡野 や、漫画家としては好きでしたよ。

小谷野 そりゃそうなんだけど。普通は、そうじゃないじゃないですか。

枡野 そうなんですよ。僕、普通じゃないんですよ。あんまり性欲的なもので人を好きにならないんですよねえ。

小谷野 そうすると、さっきの恋愛至上主義っていうのも違うんじゃないですか?

枡野 う~ん、僕は南さんのファン第1号だと思っていて。新聞や雑誌などでなにかと南Q太さんのことを書いてて。「また枡野さんだよ」って言われるくらいしつこく書いてたんですね。だから、そんな自分がちゃんと出会えて、肉体関係も持てたのは運命だと思ってたし。僕、あんまり、精神的に好きな女性とはセックスしないんですよ。性的なことで関係あった人がいても、あんまりその人のことを心から好きにならなかったんですね、変な話になっちゃいますけど。

小谷野 あまり好きではない人とは「してた」ということですか?

枡野 ……はい。数少なく、数少なくですよ。あの僕、モテないので、たまたまご縁があって、別にそんなに魅かれてないけど、合意だなってときにはしたことありますけど。

小谷野 そういうのは、どういう風に、そうなるんですか?

枡野 そんなに数ないので全部説明できるんですけど。

会場 (笑)

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枡野浩一

歌人。1968年東京生まれ。小説『ショートソング』(集英社文庫)ほか著書多数。短歌代表作が高校の国語教科書(明治書院)に掲載中。阿佐ヶ谷「枡野書店」店主。二村ヒトシさんとのニコニコ動画番組『男らしくナイト』(第1回は9/24夜)、中村うさぎさんとのトーク企画『ゆさぶりおしゃべり』(第1回は10/7夜)など、最新情報はツイッター【@toiimasunomo 】で。

@toiimasunomo

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