「違います、枡野はストーカー行為をやめろ、です」(小谷野)
小谷野 なんでみんなバカな女が好きなんでしょうかね?
枡野 この間、EXILE映画(『HiGH&LOW THE MOVIE』)を観たんですけど、女の人たちはおにぎりを握って男を待つだけでしたよ。男たちは闘うんですよ。
小谷野 だから私は『風の谷のナウシカ』が好きなんです。
枡野 なるほど。ただ、ちょっとはいますよね。頭が良かったり、強い女性が好きって人は。僕は背が高い女性は好きですよ。自分が背が高いので(183cm)、わりと自分と同じくらい背の高い人でも全然平気で好きですけどね。それはちょっと変わってるって言われました。
小谷野 や、もし枡野さんが160cmで背の高い女性が好きなら変わってると思いますけど。
枡野 そうかぁ。ただ僕ね、本当は「男女論みたいなものを書いてくれ」と頼まれて書いたのがこの本(『愛のことはもう仕方ない』)なんですけど。全然自分がスタンダードじゃないのでうまく書けなかったですね。
小谷野 だから、町山は今回のこの本はどう思ってるんですかね?
枡野 まぁ僕が、町山さんの『結婚失格』の解説は最初から最後までずっと、けなし言葉だった、普通は前半けなしてたら後半はほめるのにって僕が書いたことを受けて、今回は(Twitterで)とってつけたようにほめてくれてましたけど。最後だけ。短歌はいいよって。
小谷野 や、あれ(町山さんのTwitter)ね、普通の作家は答えを出すのに、枡野さんは「自分はどうしたらいんだろう」と言ってるだけだ、っていうんだけど。あれはちょっと間違ってて。太宰治なんて、そんなことないでしょ?
枡野 そうですね。
小谷野 だからあれは、とってつけた意見で。
枡野 あの、だから、なにか立場上コメントしようと思って、「これは小説ではない」って指摘した上で、こういう風に書けばいいのにってアドバイスをしてくれて、なおかつ「短歌はいいね」っていうオチだったと思うんですけど。ただ僕、町山さんがおっしゃるような小説って書いたことあるんですよ。『ショートソング』っていう本がそうで、自分の中の要素をうまいこと他人事のように書いて。佐々木あららくん[注]っていう歌人も協力してくれているんですけれど。僕の人格を分裂させて2人の人物にして。その小説が売れたので、10万部近く売れたので、けれど、そうやって売れても僕自身はなにも救われなかったというのを前提で書いたのがこの本だから……。(こういう風に書いたほうが売れるのにという)町山さんのアドバイスはありがたかったけど、でもすでに書いてますよっていうのが僕の答えですね。
小谷野 町山はね、べつにアドバイスしてるわけじゃなくて、怒ってるんですよ。
枡野 僕に?
小谷野 ええ。
枡野 もっとちゃんと書けと……。
小谷野 いや違う。ストーカー行為をやめろと怒ってる。
枡野 早く新しい恋人でも作れと?
小谷野 違いますよ!「枡野はストーカー行為をやめろ」です!
枡野 ああ、ストーカー行為なのか、やっぱり、これは……。
小谷野 だから枡野さんって、たとえばね、この自分の本の帯文に中村うさぎ[注]の《人があなたを理解してくれないのなんて当然ではないですか!》という言葉を入れてるでしょ?
枡野 はい。
小谷野 枡野さんは、こうやって他人に自分を批判させておいて、それを「ぶわ~っ」って飲みこんでしまう、ブラックホールなんですよ。
枡野 う~~ん……。や、書いてる動機も、こう自分で書いたときに誰かに納得できることを言ってほしいってことがあるんですよねえ。だから、自分にとって耳に痛い意見でも、たとえば「ストーカー行為はやめたら?」って言われたら、あ、そうか、と思いますよ、正直。
小谷野 それで、やめないんですか?
枡野 や、考えますよ。でも、(この本を自分が書いたことが)ストーカー行為とはまったく思ってなかったので、自分では。なぜかというと、(元妻が、離婚調停の際に決めた「子供に会わせる」という約束を破って)子供に会わせないということをしている以上は、それは書かれてもいいと思ってるだろうと、思ってるから。
小谷野 それは、子供に会いたいということが、枡野さんのストーカー行為の言い訳になってる。
枡野 うん、それは、町山さんもそうおっしゃってましたけど、でも僕、言い訳じゃなくて、本当に会いたいんですもん!
小谷野 でも、子供さんはもう16歳でしょ?
枡野 はい。
小谷野 会いたければ、会いに来ますよ。
枡野 そうなんですよ。それは本の最後に書きましたし、むこうが会いたくないんだろうし、僕が思春期の頃は父親が大嫌いだったし……。だから、う~ん、むこうが会いに来るまで待つしかないんだろうなっていうのが、僕の結着点ではありますよ。
小谷野 ああ、会いに来るとは思ってるんですね?
枡野 (子供は僕に)会わないかもしれないとも思ってるんです。離婚した両親を持つ人たちにいっぱい話を聞いてるんですよ、僕。いろんなケースがあってですねえ、やっぱりお母さんに遠慮して、別れた父親に会わない人も多いんですよ、一生。「30歳になっても会ったことないんです」という人にも会ったから……。だから、もう僕にできることは、こうやって勝手なこと書いて、あとはもう、向こうに嫌われたり好かれたりして……。それで嫌われて会えなくても仕方ないな、自分がこんな本書いたんだから……っていうのが着地点だったんです。
小谷野 この間、『ストーカー加害者』 [注]という本を読んだんです。
枡野 はい。
小谷野 小早川明子さんという、自分もストーカーにあったことも、したこともあるという人が、ストーカー加害者のセラピーをやっていて、著者の田淵俊彦が、そのうちの3人に取材して書いた本なんです。その中の一人で40代くらいの男の人で、ストーカー行為をして、女の人に求婚して、警察の厄介になって、その後で話を聞いてるんです。それで、一旦話を聞いた後で取材者が「あれ、なんかおかしいな」と思って、もう一度取材するんです。そしたらその男性が「まだ言ってなかったことがある」と。それはなんですかと聞くと、「誤解が解けたら、もう一度その女性に求婚して、結婚して、幸せに暮らしたいと思っています」と言うわけです。
枡野 ああ……。
小谷野 それで著者は、「あっ、この人はわかってないんだ!」と。
枡野 う~~ん……。
小谷野 枡野さんって、それに近いですよ。
枡野 そんなことはないです! もう二度と結婚したくないですもん!
小谷野 や、そういう問題じゃないんです。
枡野 はぁ。
小谷野 枡野さんは、なんかこう、むこうから反応があると思ってません?
枡野 あ、それは思ってますよ。
小谷野 それがストーカーなんです。
枡野 そうですか……。
小谷野 私は、自分もそういうところがあるからわかるんです。
枡野 ああ……。
小谷野 むこうからの反応を待って、書いてるところがある。
枡野 まぁそうですね。それは今回の本よりも、『結婚失格』のほうがそうでしたね。もっと明確にむこうが反応してくれるように書こうと思ってましたもん。
小谷野 そう、それ! 結局ね、むこうが反応してくれると思ってる限りはストーカーなんです。
枡野 ただ、この本(『愛のことは〜』)はもう、元妻のことはどうでもいいと思ってて。子供が思春期のときに、父親が気持ち悪いこと書いてると思われても、でも子供のことを(自分は)思ってると(子供に)伝えようと思って、書いたんですよ。
小谷野 いや、なにも言わないのが一番です。
枡野 ああ、それはそうでしょうね。だって自分でも、自分が沈黙したまま、離婚のことを一切書かなかったほうが、子供には会えてたと思いますもん。
小谷野 いやいや、会う会わないじゃなくてね……。つまりね、仏教で「執着」というのがある。
枡野 はい。
小谷野 枡野さんはまさに、その仏教でいう「執着」という人間の不幸の根源におちいっているんです。
枡野 ただ僕、さっき話したように、食べ物にも興味ないし、興味のあることが自分の息子のことくらいなんですよ。
小谷野 それもわかる。
枡野 だから、それにも執着しなくなると、なにもかもに執着しなくなって、死にたくなっちゃうんですよ。
小谷野 そうなんですよねえ。でもね、ストーカーってみんなそうなんです。
枡野 そうですか……。
小谷野 ストーカーってみんな、「この人に執着しなくなったら、自分の生きがいはない」と思ってるんですよ。
枡野 なるほど……。
(つづく)
【第4回の注釈】
■『結婚失格』
枡野浩一の著作。講談社文庫・刊。「書評小説」という形式をとりながら、著者の離婚体験を赤裸々に描いている。本文の中で離婚する主人公の職業は歌人ではなくAV監督である。文庫版の解説は映画評論家・町山智浩。その解説での町山から主人公・速水=枡野浩一への厳しい批判――≪自分が愛されなくなった原因を考えるべきは速水自身なのに≫≪速水は妻に自分の正しさだけを主張し続けた。「僕は正しい」というのはイコール「君は間違っている」という意味だ。相手の屈服を望んでいるのだ。そんな人には誰も屈服しない≫≪この身勝手さは失恋した中学生の感覚≫etc――は話題となり、論争にも発展した。
■切通理作
作家・評論家・脚本家。1964年生まれ。『宮崎駿の〈世界〉』でサントリー学芸賞受賞。他の著作に『怪獣使いと少年 ウルトラマンの作家たち』『お前がセカイを殺したいなら』『本多猪四郎 無冠の巨匠』などがある。最新作は『怪獣少年の〈復讐〉~70年代怪獣ブームの光と影』
■辛島美登里の歌
『星とワインとあなた』作詞・作曲/辛島美登里
■中村うさぎ
作家・エッセイスト。1958年生まれ。『ゴクドーくん漫遊記』シリーズでライトノベル作家としてデビュー。その後、『ショッピングの女王』でエッセイストに。最新著作は「形見分けの書」とも表明しているエッセイ『あとは死ぬだけ』。メールマガジン『中村うさぎの死ぬまでに伝えたい話』も発行している。
■『ストーカー加害者:私から、逃げてください』
田淵俊彦、NNNドキュメント取材班・著。河出書房新社・刊。≪NNNドキュメントディレクターが膨大な取材資料を元に、ストーカー加害者たち本人の生の声とその心の奥底に迫った渾身の書き下ろしノンフィクション≫(amazon内容紹介より)
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■小谷野敦さん
1962年生まれ。作家・比較文学者。東京大学文学部英文科卒業、同大学院総合文化研究科比較文学比較文化専攻博士課程修了、学術博士。『聖母のいない国』でサントリー学芸賞を受賞し、『母子寮前』『ヌエのいた家』で芥川賞候補になるなど、これまでに数多くの評論・小説・伝記などを発表している。また、“大人のための人文系教養塾”『猫猫塾』も主宰し、“猫猫先生”とも呼ばれている。
●小谷野敦 公式ウェブサイト「猫を償うに猫をもってせよ」
●『猫猫塾』HP
(構成:藤井良樹)
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