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誰かのために何かをするのが「いい女」? 他者を喜ばせる能力が欠かせない「女らしさ」の定義

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aichi_wezzy

いい女がなんなのか、そもそも知らないね

「素敵な恋ができるキラキラ女子になるための3箇条」を説く記事に対する憂いと同時に、ポジティブ重視・ポジティブ自己啓発が萬栄する世間の風潮に長嘆息を付かずにいられなかった前々回。「キラキラ女子」「ポジティブ」以外にも、元々は良い響きの言葉のはずが、近頃はむしろ女性を縛り付ける“クソワード”に聞こえてしまう言葉はほかにもある。「いい女」とか「ステキ女子」とか「女子力」とか、ね。あと「両立」や「バランス」。

最近こういったクソワードに虫唾が走りまくっているため、今回は“いい女”啓発への違和感について触れていきたい。当初のテーマ「“役に立たないどころか人を袋小路に迷い込ませる恋愛アド(クソ)バイス”にツッコミを入れる」からややズレてしまうが、ご容赦ください。というのも、恋愛アドバイスの多くは、女性に対して「優しく寛容で、美しくあれ」と説いていますが、「いい女啓発」もその延長線上にあるものだから。

今回取り上げたいのは、<セキララ★ゼクシィ>の「イマドキ事情」というトピックにあった『私が出会ったいい女の条件って?』

美人でおしゃれでいつも笑顔がステキな職場の上司。仕事もできるのにプライベートでは育児にも奮闘中だとか。「あ~私もあんなふうになりたい!」なんて憧れちゃう女性、皆さんの周りにもいますか?

ああ、もうこの序文を読んだだけでもうお腹いっぱい。美人、オシャレ、いつも笑顔がステキ、しかも仕事できる、うえに育児も奮闘中……。5つを兼ね備えた女性、そりゃあいたらすごいけれども。

この序文における「奮闘」からは、華麗で颯爽としたニュアンスが伝わってくる。私が5つの要素の中で当てはまるのは「育児」くらいなのだけれど、上記の上司さんの「奮闘」は少なくとも、行動予測不能でとんでもないことしでかしかねない、子どもという名の危険人物を、ヒヤリハットを繰り返しながら、時にイラッときたりブチ切れそうになりながら、あるいは自己嫌悪感じながら、衣食住を与えるのはもちろん、風邪薬飲ませるのに苦心したり、嫌がる子どもに連日鼻吸い器で鼻水吸い取ったり、そうこうしているうちに風邪をうつされたり、癇癪とかイヤイヤとかわがままとか食べ散らかしとかの超面倒くさい状況にも当然のごとく付き合うよりほかない……っていうような、カオス感、切迫感を伴っているようには思えない。

いや、白鳥だって水面下で足をバタつかせて泳いでいるわけだから、いくら華麗に見える女性でも実際はカオスなのかもしれないけれど。でもその想像力が、記事には欠落していると思ったのだ。それは「育児」という項目に限らない。

記事は20~30代女性105人へのアンケート調査結果をまとめたもので、まず「あなたの周りに“いい女”だなと思う人はいますか?」という質問をしたところ、85%が「いる」と回答した、とある。では、それはどのような“いい女”なのかというと……

「職場で仕事のできる先輩。威張ったり仕事に依存しているところがなく、着飾らなくても人としての美しさが溢れている」
「家がおしゃれな先輩。いつ行っても片付いていて、手作りのお菓子がさらっと出てくる」
「結婚しても子どもを産んでも美容に余念がない友達。料理のバリエーションも豊富でリクエストにもパパッと応えてくれる」
「毎日正社員でバリバリ働いているのに、日々料理のレパートリーも増えている母。見た目にも気を使い常に奇麗にしている」
「家事も子育ても完璧にこなし、服やお化粧もおしゃれな弟のお嫁さん」

共通するのは、ひとつじゃなく2~5つほどのポイントを同時進行で押さえて“両立”していることのようだ。×דなのに”すごい、というところが重要らしい。「後輩。どんなに自分がつらくてもいつも笑顔で、自然と周りへ気を配っている」という回答もあったが、これも“つらい”のに“笑顔”で“気配り”。うーん、頭が痛くなってきた。キラキラ女子を驚愕具現化したような方々のみが“いい女”エピソードの事例として挙げられ、<仕事、美容、料理、育児……あらゆることにバランス良く全力で取り組んでいる、見習いたくなるステキな女性がたくさん>と結論付けている。

……って、ちょっと待った! 女性105人に対して行ったのは「あなたの周りに“いい女”だなと思う人はいますか?」という質問じゃないのか? どういう特徴を持つ女性が“いい女”なのかは定められていないはずなのに、集計されたエピソードを披露する段階になると “あらゆることにバランス良く全力で取り組んでいる女性”こそが“いい女”だと定義づけられている。105人が対象の小規模なアンケートとはいえ、せっかく公表するのであれば、他にはどのような“いい女”が挙がっていたのか、「いない」と答えた15%の女性はどんなコメントを寄せていたのか、といったことにも触れてほしいものだ。

女性らしさは「他者を喜ばせる能力」か

また「自分のことを“いい女”だなと思った瞬間はありますか?」との質問には46%が「ある」と回答したそうだが、その理由は、自分磨きを毎日続けているとか、仕事帰りの彼へのおもてなしが完璧とか、休んだ同僚の分まで仕事をフォローしているといったもの。最後は<誰かに憧れられるような“いい女”を目指して、まずは、一つ一つのことを丁寧にこなして暮らしていきたいですね>と読者を煽るような結論で記事を締めくくっているが、それはまるで自分の主体性よりも他者の視線、他者の評価を大切にしろ、という意味に感じられる。大人になっても、心の底で“周囲にとっての憧れの存在になりたい”という願望、欲望を抱く人は少なくないのであろうが、“誰かに憧れられる”ことそのものを目的にしてしまうのは、自分を見失いかねないので注意が必要だ。

「女性らしさ」とは基本的に、「いい女」とイコールだと思うが、そこには容姿や所作の美しさ(女性は男性よりも美しく清潔な存在らしい)と並行して、他者を喜ばせる能力が欠かせない。前述の例でいうと「笑顔」「気配り」「マルチタスクで役に立つ」などが後者だ。女性がその能力を高める努力をするのはその人の勝手だが、女性全般に「そうであってほしい」と望むのは無茶苦茶だ。「いい女」「キラキラ女子」「ステキ女子」はたまた「女子力」といった代名詞には、女性に“頑張り”を促すという裏定義、女性を“もっともっと頑張らなければいけないのか”と追い込む裏作用があるということは十分に留意したいところであり、無意識を装って女性を(年齢問わず)煽り立てるメディアの罪は軽いものではないはずだ。

それにしても、なぜこうやって、”いい女”=仕事、美容、料理、育児…あらゆることにバランス良く全力で取り組んで両立、見習いたくなるステキな女性、とばかり見なされるのだろう。筆者は一応、ワーママ@2歳女児という立場にいるが、仕事と育児と料理などの家事と美容とを、バランス良くこなすなんて無理。とりあえず無理。とりあえず、無理だ。仕事が立て込んだり子どもが何かしらのトラブル状態だったり(イヤイヤとか体調不良)してエネルギーを消耗するなんてことは日常茶飯事の現在、それに伴って手抜き料理や洗濯物の溜め込みが発生するのも、いい加減なスキンケアに至るのも、すべてごく自然な流れだと認識している。常に何かを怠らないと日常は回らず、っていうか怠らないとやってられない、のが筆者の本音だ。やったほうがいいことを全部ちゃんとやったら、精神的にも肉体的にも身が持たない。今より全力で頑張るとか、あるいはうまいやり方を考えるとかすれば、もっとバランス良く両立できる“いい女”になれるのかもしれないが、そんなに頑張ってまで模範的な“いい女”でいなきゃいけない理由も見つからない。他人の羨望を獲得することは慰め程度にはなるとしても、それほど魅力的なリターンだとは思えないから。

中崎亜衣

1987年生まれの未婚シングルマザー。お金はないけどしがらみもないのをいいことに、自由にゆる~く娘と暮らしている。90年代りぼん、邦画、小説、古着、カフェが好き。

@pinkmooncandy

バナナ&ストロベリー

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