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科学と魔術。理性とロマン。どっちもありのタロット入門/『タロットの秘密』鏡リュウジ

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鏡リュウジ『タロットの秘密』(講談社現代新書)

鏡リュウジ『タロットの秘密』(講談社現代新書)

 朝のテレビ番組に。電車やバスの車内ビジョン、または繁華街のビルの壁面に設置された大型ビジョンに。雑誌のうしろのほう、ときには巻頭に。ネットのポータルサイトに。占いはいつからこうだったのかもう思い出せないほどに日本の日常に広く深く浸透している。気軽なものから極めて真剣で重たいものまで、その内容は多種多様。対する距離感も人それぞれだ。おそらく、それほど信じているわけではないけれどテレビなんかで「今日の運勢」が目に入ってくるとつい気にしちゃう、ぐらいの軽いノリで接している人が大多数なのではないだろうか……と思っていたら意外な人が本気で占い師を心の支えにしていたりするから、うかつなことは言えない。占いは現代を生きる人々の営みとして進化と繁栄を続けている。

 そんな中、占星術や手相に並んで根強い人気を誇っているのがタロットである。ご存じ、海の向こうから伝えられたミステリアスなカード占いだ。一組が78枚、「大アルカナ」と呼ばれるグループ22枚と、「小アルカナ」と呼ばれるグループ56枚から構成される。一枚一枚のカードに託された意味が謎めいた図像によって表現されており、占いに使用するのに加えて、眺めたりコレクションしたりといった楽しみかたもできる。愚者、恋人、太陽、月、死神、運命の輪など、はるか遠い時代を思わせるモチーフが想像力を刺激するのだ。

 タロット占いでは、これらのカードの組み合わせからメッセージを読み取ることになる。このカードと占いの体系はどこから誕生し、練り上げられ、広まってきたのか? 現在はどう受け取られているのか? また、実際に自分で占ってみるには? 『タロットの秘密』(講談社現代新書)はこうした疑問に答え、タロットの魅惑的な世界へと読者を案内する。タイトルに「秘密」とあるが、「知られざる真実が明かされる!」というより、スタンダードな入門書としてわかりやすく充実した内容の一冊だ。

 著者の鏡リュウジは占星術のエキスパートとして有名だが、少年時代に占いに魅せられた最初のきっかけはタロットだったそうだ。いまにして思えば七〇年代末のオカルトブームにそれと知らぬまま巻き込まれていたのだ、と彼は振り返る。そんな四〇年近く前の個人的な思い出は、本書において日本におけるタロット受容の歩みに、そしてさらにもっと大きな歴史の流れへと接続される。

 第一章「誕生の謎」、第二章「神秘化したタロット」では、近年の研究の成果も踏まえてタロットの歴史的・文化的背景を紹介。中世イタリアの貴族のあいだで楽しまれていたゲーム用のカードに、オカルト的なイメージと解釈が付与され、占いに使われるようになったのは一八世紀後半のこと。タロット占いは占星術や易などに較べるとだいぶ新しいものなのだ。近代化の波が押し寄せる中、著しく進歩する科学とも権威的なキリスト教ともまた違った魔術的体系を編みだそうとした人々の奮闘、それが密かに広まり定着してゆく様には、素直にワクワクさせられる。史上初の職業タロット占い師エテイヤ、近代魔術の父と呼ばれるエリファス・レヴィ、秘密結社「黄金の夜明け団」の面々など、タロットの周辺にはぜひ伝記映画を作ってほしくなるユニークな人物が目白押しだ(中二病と嗤わば嗤え)。特に、1909年にロンドンで発行され現在でもポピュラーなウェイト=スミス版タロットの絵を描いた女性画家パメラ・スミスについてはもっと知りたくなった。かつてこのカードは監修者であるアーサー・ウェイトにちなんでウェイト版、もしくは最初に発行した出版社の名前からライダー版と呼ばれていたが、今世紀に入ってパメラの貢献が認められるようになり、敬意を表してウェイト=スミス版の名称が広まりつつあるそうだ。

 第三章「タロットの二〇世紀」では、タロットの解釈がユング心理学や神話研究ともつながって深化し、さらに大衆化していった過程を追う。エスニック・タロット、女神崇拝とフェミニズム、LGBTタロット(「恋人」のカードが男女だけでなく男男、女女も加えた三枚あるそう)などの刺激的なトピックを紹介しつつ、メディアとして、自分自身と対話し省察するためのツールとして発展する現代のタロットに光を当てる。第四章「心の世界と、タロットの図像学」では、それぞれのカードの意味を解説。第五章は「実践・タロット占い」と題して、実際にタロット占いをやってみたい人に向けてのノウハウと例を簡単に紹介している。

 この盛りだくさんの内容がおよそ330ページ、厚めの新書に収まっており、おのずと急ぎ足にはなるが、タロットの多面的な魅力が存分に伝わる。基本的には実証的な研究をもとにタロットを包み込む神秘のベールをはぎ取り、超自然的な権威づけを解除しようという姿勢で書かれている。しかしそうすることで、それでもなお残るもの、時を重ねるうちに磨かれてきた象徴や人が紡いできた物語の力が浮き彫りになるのだ。筆者も改めてタロットに触れてよく眺めてみたい、そういえば『ジョジョの奇妙な冒険』第三部に夢中だった10代の頃に買ったアクエリアン・タロットが物置きのどこかに眠っているはずだから探さなきゃ、いや、ウェイト=スミス版を新調するべきか!? と思っているところ。タロットと世界史と美術史に興味のある人はもちろん、いわゆるオカルト、スピリチュアル全般とのつきあいかたについて思うところのある人にとっても、有益なヒントを与えてくれる一冊ではないだろうか。
(野中モモ)

野中モモ

ライター・翻訳家。著書『デヴィッド・ボウイ 変幻するカルト・スター』(筑摩書房)。訳書『バッド・フェミニスト』ロクサーヌ・ゲイ(亜紀書房)、『つながりっぱなしの日常を生きる』ダナ・ボイド(草思社)、『ガール・ジン 「フェミニズムする」少女たちの参加型メディア』(太田出版)他。

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タロットの秘密 (講談社現代新書)