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家族という集合体を手放しに正当化してはならない。映画に学ぶ「家族の不気味さ」第一弾

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ナガコ再始動

ナガコ再始動

 先日、起き抜けにコーヒーを飲みながらテレビをつけたところ、日本テレビにて家族を特集する番組が放映されていた。その翌日も同局による家族特集を目撃し、気になって調べてみると、国連が定めた5月15日の『国際家族デー(International Day of Families)』にちなんだキャンペーン『7days TV かぞくって、なんだ』の一環として、22日(月)より1週間に渡って展開中の特別プログラムであった(本稿を執筆している現在は24日)。

 『国際家族デー』には、差別や暴力、貧困等にまつわる家族問題の再考を促す意図があるようだ。以下、国際連合広報センターのホームページより、理念を転載する。

『国連は、家族は社会の基本単位である、と認識している。しかし、この60年間、その構造の変化によって家族は大きく変わった。少数世帯、晩婚と遅い出産、離婚率の上昇とシングル・マザーやシングル・ファーザーの出現、などである。また、移住に見られるグローバルな傾向、人口の高齢化現象、HIV/エイズの蔓延、グローバル化の影響も家族が変わった理由である。こうしたダイナミックな社会的力が、子どもの社会生活への適応や家族の中の若い人や高齢者の世話をするという機能を果たす家族の能力に明確な影響を与えてきた。毎年5月15日に記念する「国際家族デー(International Day of Families)」は、家族に関係した問題についての認識を高め、適切な行動をとるよう推奨することが目的である』(国際連合広報センター)

 現在の家族のあり方および現実問題に即した「人間の幸福な共生生活」について考える、素晴らしい機会であると、まずは思う。というのも、日本には、家族という集合体を手放しに正当化する言説や教育、報道、エンタテインメント作品が多い。その刷り込みを根拠に、家族より受ける支配や暴力より逃れ難かったり、逃れようとする自分自身を憎んだりする「家族の苦しみ」に悶絶する者が大勢いることを、当方はかねてより苦慮しているのだ。

 古来より「家族」「家制度」「家長制度」は、血縁者同士ゆえの愛憎や執着、親の父性・母性の質が子供の精神育成に与える影響、心理学の見地による親子関係の苦しみのメカニズムなどなど、手放しには歓迎し兼ねる「害」「闇」の側面が認められている。その実態の「暗黒面」を捨て置いたまま、「家族愛」のみをほっこり推奨することは、当然ながら暗黒放置となり、抑圧や被害を助長させる一因となる。いわく、愛とは程遠い。

 家族との関係性が良好な者にとって、ニュースで報道される育児放棄や虐待事件の原因は「親、その人」の資質にあって「家族という集合体そのものが悪いわけではない」と解釈する方もいるだろう。が、被害者にとって、また社会全体にとっても、それは紛れもない「家族の問題」である。よって、「暗黒面」も含めた現状を今一度再考し、適切な行動を呼びかける『国際家族デー』の啓蒙活動に、当方は手放しに賛同する。

共生のルールとは無関係の『家族条項』

 一転、現政権が推進する憲法24条の改憲草案は、現国連のメッセージにある「家族は社会の基本単位である」と同じ文言を使用しているにもかかわらず、その意図は逆行の構えを見せている。

 自民党は、現行憲法の13条『個人の尊重(尊厳)』にある、『すべての国民は個人として尊重される』という文言の「個人」より「個」を削除、「人」と訂正し、「個」の自由意志および選択権の明示を牽制する。そして、24条『家族と婚姻の基本原則』では、現行憲法にはない追加の一文『家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない』を加え、「個人の尊重」を「家族の尊重」へと上書きする算段だ。

 「家族は社会の基本単位として出発した。が、近年は構造が変化したので、その変化に即した適切かつ柔軟な行動を推奨する」という国連と比較し、自民党は約60年前の出発点に戻り、基本単位としての家族の在り方の再強化を目論む。現代の家族問題や人権、時代の変容への柔軟な対応などは無視である。

 人間は、生まれながらにして与えられた家族、境遇、国籍、性別を、基本的には選べない。が、いかなる集合体の中に生まれようとも、人間の命そのものは平等である。人間には、個人として幸福を得る権利がある。だからこそ、近代憲法にて尊重されている『個人の基本的人権』に対し、国家が憲法を利用して制限をかけようとしている。国民個人の領域にある精神性や価値観に土足で介入し、国家にとって都合の良い人間性および共生スタイルを国民に強要せんとする。以上は、全体主義的管理意識によって個人の尊厳を侮辱する、人権侵害というにふさわしい圧政である。

 現代社会には、介護問題、待機児童問題、貧困家庭、虐待、機能不全家族などなど、「家族だからこそ悩ましい問題」が山積している。国が取り組まなければならないのは、家族という概念の正当化ではなく、家族の被害者を安全に救済するシェルター制度や支援策である。この家族条項に対し、本コラムではこれまでも、再三にわたって断固反対の意を表明してきた。本草案にも関わる『日本会議』以下、愛国保守層が推進する家族制度の再強化、家父長制の復権にも、徹底的に抗議を行う所存である。

 本草案が、自民党および与党の得意技である強行採決やだまし討ちによって、「国民のあずかり知らぬところでしれっと実施」される事態を、当方は阻止したい。そこで、抗議活動の一環として、「個人の基本的人権を脅かす家族の害」をしつこく明示していくキャンペーンを勝手に行うことにする。具体的には、「ここがキモいよ、っていうか犯罪だよ、家族悪あるある」を表す映画作品を列挙し、「美しい日本の家族愛をほっこり肯定し、家族制の再強化を疑いもなく推奨する」改憲派に紹介しまくるというアイデアを思いついたのだが、いかがだろうか。

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林永子

1974年、東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学映像学科卒業後、映像制作会社に勤務。日本のMV監督の上映展プロデュースを経て、MVライターとして独立。以降、サロンイベント『スナック永子』主宰、映像作品の上映展、執筆、ストリーミングサイトの設立等を手がける。現在はコラムニストとしても活動中。初エッセイ集『女の解体 Nagako’s self contradiction』(サイゾー)を2016年3月に上梓。

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