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【第8回】トランス男子のフェミな日常 「優しい右翼」

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 6月5日発売のAERAの特集は「LGBTブームの嘘」だった。その中で、LGBT当事者といえど政治思想は様々で、保守派もそれなりにいることが触れられていた(https://dot.asahi.com/aera/2017060600054.html)。同性愛者について「どこか足りない」とか、障害者にたいして「人格あるのかね」とか数々の差別発言をのこした石原慎太郎が好き、というゲイ男性の話も紹介されていた。世界中に排外的な発言をする政治家と、それを支持する一部の当事者がいるのは事実だ。かつてナチスはユダヤ人や精神障害者や同性愛者らを強制収容所に送り込んだけれど、そのナチスを支持する現代のゲイ男性だっているだろう。しかし、排外的であることと保守あるいは愛国者であることとは本来イコールではない。政治思想は様々だといったとき、私にはどうしても忘れられない友人がいる。

 ここでは彼のことを森くんと呼ぼう。森くんは保守というか、右翼だったと思う。はじめて出会ったとき森くんは20歳で、いつもニコニコしていて、河村隆一の若いときにそっくりな痩せた子だった。趣味は皇居の掃除で、天皇陛下に手を振ってもらえたときは本当に嬉しかったと、頬を染めて語る。君が代が好きだった。理由が「国歌なのに強そうじゃなくてラブソングだから」。だけど、その大好きな歌を他の人に強制させるのには反対だった。愛を強要するのは間違いだと言っていた。

 森くんの右翼グループのリーダーは排外的思想の持ち主だった。男は男らしく、女は女らしくすべきだと言った。森くんはその考えに馴染めず、自分や仲間たちが否定されたような気持ちになり、そのグループの考え方と自分の感じ方の間で板挟みになっていた。中央線沿いにあるライブハウスで、愛国心について語り合うイベントをやったこともあった。愛がなぜ他の人たちを憎むことに利用されるのか、多様性をしばりつけるのか、といったハードなテーマだったけれど、森くんのマイペースさもあってか、場はなんだかほっこり暖かかった。

 その森くんは30歳を手前に「自決」した。三島由紀夫じゃねぇんだから、と遺書を読んで友達とつぶやいた。ぜんぜん彼らしくない、漢らしい決意文だった。世界中の右翼が森くんみたいに優しかったらいいのにと思う。保守であることとLGBTであることにはなんの矛盾もないかもしれないが、排外と保守が混同されている中で、無批判に「どんな考えだってありうる」と言えるわけでもない。AERAの記事では排外的なゲイがとりざたされていたけど、保守とはそんなもんじゃなかったはずだ。こんなとき、森くんが生きていたらなんて言っただろうかと尋ねたくなる。きっと優しくて、ちょっと抜けた雰囲気を醸し出しながら、自分の言葉で話してくれたんじゃなかろうか。

 左右を問わず、どの政党や、どの思想グループにも同性愛嫌悪やジェンダーの押し付けがある。しかし、ある集団においては、その重みが特別に強烈な場合がある。森くんと私とでは政治思想は違ったけれど、それでも夢想する。森くんが50歳や60歳になっても優しい彼のままで、皇居をニコニコ掃除できる社会であったらどれだけ良かったか。

遠藤まめた

1987年生まれ、横浜育ち。トランスジェンダー当事者としての自らの体験をもとに10代後半よりLGBT(セクシュアルマイノリィ)をテーマに啓発活動をはじめる。主にLGBTの若者支援や自殺予防に関わる。著書に「先生と親のためのLGBTガイド 〜もしあなたがカミングアウトされたなら」(合同出版)ほか。

twitter:@mameta227

サイト:バラバラに、ともに。遠藤まめたのホームページ

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先生と親のための LGBTガイド: もしあなたがカミングアウトされたなら