ドラマ『あなたのことはそれほど』(TBS)を最終話まで見て、この作品は、ヒロインの渡辺美都(波瑠)と有島麗華(仲里依紗)が、母親(と父親)の呪縛からいかに離れられるかを模索して、そして結局そこから逃れられているのか? がテーマの物語に見えました。
美都の母親(麻生祐未)はスナックで働きながら暮らしています。男性との関係が豊富だったことを匂わせますが、一度も結婚したことがなく、未婚のまま美都を生んでいます。母親のようにはなりたくないという思いをもっていたことも関係しているのでしょうか、母親のスナックで占い師から「二番目に好きな人と結婚したほうが幸せになれる」と言われた美都は、ドキドキするような相手ではないけれど、優しい涼太(東出昌大)と結婚したのでした。
一方の麗華はというと、「綺麗でかわいくて、わがままな女が大好き」な父親に母親(清水ミチコ)がいつも泣かされているのを見ていました。だからこそ麗華は、自分は男に泣かされる女にはなりたくないという思いがあり、夫の光軌(鈴木伸之)が美都と不倫していることに気付いても、最初は泳がせて、明るみになってからは毅然とした態度で抵抗します。
その抵抗は、麗華の母親に「おー怖、ちょっと厳しすぎじゃないの?」「お前はいつも冷静で正しいね、光軌さんも大変だ」と言わせてしまうくらい恐ろしいものでした。母親が「男なんて嘘もつくし、そりゃ浮気だってするよ、光軌さん若くてかっこいいんだしさ、でも、いいお父さんやってくれてるんだから」と諭すと、麗華は「若くてかっこよくていいお父さんやってたら許されるんだ」と抵抗し、「私は母さんみたいになりたくない」と言い放つのです。
父親に苦しめられてきた母親の姿を見てきた麗華の態度はある意味で正しいものです。しかしその「正しい」は、家族という制度を信じている人、夫婦間においての役割分業を信じている人の「正しさ」でしかありません。そういう意味では、「正しく」はない行動をした夫を許して夫婦関係を続けた麗華は、母よりは夫の幉は握ってはいても、結局は母と同じところ(悪いところには目をつぶって夫婦であることは続ける)に落ち着いたとも言えます。麗華の行動は保守的な人から見れば、賢妻であったり、女として生きていくためには、賢い行動と取る人もたくさんいるでしょう。
対して、美都の最後は、見ているこちらに「美都、やっぱりアホだったなー」と思わせるよう誘導していると思いました。光軌との不倫がばれ、涼太と離婚した後の美都は、1Kの古いアパートで1人暮らしをしています。結婚式場でひさしぶりに会った涼太と隣にいた同僚女性が結婚すると思い込み感傷に浸っているところに、駆け寄ってきた犬の飼い主の男性と運命を感じる……という終わり方で、「みっちゃん、懲りないなー」と思わせたからです。
また美都が元夫のことを「あんなにきれいに笑う人だった」ときれいな部分だけを思い出し、「涼ちゃんがそんなに望んでくれるなら、あたし…」と関係性の復活を匂わせるシーンがあります。涼太から「それほど」と言われてはしまうのですが、美都の本質が良く出ているシーンでした。その場の雰囲気や感情に流されて、「それもいいかもな」とふんわりと二番目の選択をしてはみるものの、実際にその後に続く生活が始まると、やっぱりダメだったと気づく人であることから、この悲劇は始まっているのです。
ただ、元夫に「それほど(好きじゃない)」「自分を肯定することにおいては天才的だね」「(一番好きな人と結婚できなくて)かわいそうにね」とぐさっとするようなことを言われても、「私には、涼ちゃんの愛は優しい暴力だった」「あなたのことを傷つけたことを忘れずに生きていこうとおもいます」と言えたことは、これまで自分勝手にふるまってきた美都の成長を感じさせるものであり、また美都がもともと持っている人の好さだなとも思えました。「お天道様は見ている」ということや、「最悪感」というものを一応は心の中にもっているのでしょう。保守的な物語では、自分を抑えてそこ(家族)に留まる努力をした女性こそが美徳と描かれます。どんなに理不尽なことがあっても耐え、嫌なことがあってもうまく転がしてそこに花を咲かせたほうが美しい。一方で、美都のように、自分の気持ちを優先して、その場に留まらない選択をするのは間違ったことだし、間違っているからこそ、制裁として選択させられるように描かれます。
『あなたのことはそれほど』にはまさにその保守的な物語を感じさせる一面がありました。有島と美都が不倫したことはお互い様のはずなのに、有島は妻からの制裁はあれど、家族を維持します(もしもその先の人生が単に家族のATMにさせられるとしても)。一方の美都はなにもかも手放してしまいます(本当は、何もしていないけど愛が重くて気持ち悪がられて何もかも失った涼太がふりまわされていてかわいそうな気もしますが)。
この結末は、保守的な視聴者を満足はさせますが、そうでない視聴者は、なぜ美都だけが罰を受けたのだろうと、どこかモヤモヤさせるものではあったでしょう。
たしかに有島と不倫を重ねる美都の行動には、毎回イライラさせられましたし、正直、あまり好きではありませんでした。あまりにも軽く自分の気持ちのままに不倫を重ねることも、もちろんいいとは思えませんでした。それでも最終回まで見ていくと、「それほど」だった夫をATMと割り切って夫婦であり続けることもせず、自分の気持ちに嘘をつかず、夫と別れ、そして夫を傷つけたことをちゃんと心に抱きながら一人で生きる美都のことを、「それほど」嫌いじゃなくなっていたなと思うのです。むしろ罰を受けたのは美都のほうではなく、有島のほうかもしれないなと。
そして、美都もまた「本当は今でも運命の人を待っている」母親の道を、辿ろうとしているのかもしれないなとも思いました。自分の気持ちを根拠に生きる美都親子と、自分の気持ちよりも家の存続を第一に考えた麗華親子の違いを軸に見ると、より面白いと思えるドラマでした。
(西森路代)