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クソガキだから子供らしい『ちびまる子ちゃん』、性悪女子小学生の魅力

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ちびまる子ちゃん

『ちびまる子ちゃん』りぼんマスコットコミックス1巻(集英社)

90年代『りぼん』作品、今回取り上げるのはさくらももこの『ちびまる子ちゃん』(1986年~)。今となっては漫画より、1990年に放送が始まった日曜夜6時放送のアニメ(フジテレビ系)のイメージが強いかもしれないが、元々は集英社『りぼん』で掲載されていたエッセイ漫画である。『りぼん』が放出した名作は、恋愛メインの少女漫画だけではないのだ。

『ちびまる子ちゃん』の主人公・小学3年生の“まる子”ことさくらももこは、原作者さくらももこ自身がモデル。作品の舞台はさくら氏が小学生時代を過ごした1970年代の静岡県清水市。まる子目線で家族・友達・学校など平凡な小学生の日常が描かれていくわけだが、さくら氏の実体験に基づいたノンフィクションというわけでは勿論なく、あくまでも子供時代をモチーフにしたエッセイギャグ漫画だ。まる子の大親友・たまちゃん、クラスメート・はまじ、サッカー少年・ケンタ、家が火事に遭った永沢など実在の人物も登場するけれど、大半が架空のキャラクターで、まる子の家族構成(まる子、姉、父ヒロシ、母すみれ、祖父友蔵、祖母)は作者の子供時代と同じだが各々の性格設定は漫画ならではのものだ。作品内で登場する祖父友蔵はまる子にとって大好きなおじいちゃんだが、さくら氏は自身のエッセイ本『もものかんづめ』(集英社)にて、実在した祖父は「全くろくでもないジジィ」で「ズルくてイジワルで怠け者」で嫁や孫に愛情を持つ人ではなかったと綴っている。

まる子の人物像自体、作品初期から現在にかけてやや変化している節がある。刊行されている単行本(りぼんマスコットコミックス116巻)を読み返してみると、初期のまる子は、怠け者・腹黒い・ずる賢い・意地汚い・ドライ・お調子者・浪費家・物欲が強い・無計画・おっちょこちょい・大人の思惑にやたら鋭い小学三年生女児である。しかし徐々に「実はいい子」を示すエピソードが増えていき、まる子の世話好き・動物好き・お人好し・困っている人を放っておけない・感受性が強い・情深い・家族やクラスメートを観察して相手の本心にいち早く気づくなど思慮深い側面も描かれるようになる。

掲載開始当初のまる子は、ずるくて怠け者で利己的で、かつちょっとおバカな面が強調されている。宿題はためまくる、片づけはできない、マラソン大会をさぼりたくて友蔵を利用しようとする、何かにつけてご褒美を要求と、とにかく家でも学校でも考えているのは、いかに楽・得・怠を得るかということ(たいていは裏目に出るというオチがつく)。超初期の頃(12巻)は、親友のたまちゃんの登場描写も少なく、学校生活自体あまり楽しくなさそうだし面倒くさそうな感じだ。

「ほのぼの路線」のエピソードが入り込むようになってくるのは、1989年8月刊行のりぼんマスコットコミックス5巻に収録されている『まるちゃんたち犬をひろう、の巻』あたりである。たまちゃんと下校する途中で犬を見つけ、体育館の裏でこっそり世話をする。しかし数日後に子犬はいなくなり、一週間後、よその人がその子犬が「マルちゃん」と名付けられかわいがられているのを見て、まる子は涙する。まる子の世話好きでお人よしで感受性の強い面がクローズアップされた泣ける回である。この頃からクラスメートの心情を慮る描写も多々見受けられるようになり(『サッカー少年 ケンタの巻』、『とくちゃんはお人好し』、1990年公開の映画『大野くんと杉山くん』など)、まる子が正義感を発揮しいじめられたクラスメートをかばってケガをする描写もある(『たかしくんの巻』)。とはいえ、怠け者で浪費家なところは相変わらずだし、さらにはお姉ちゃんの交換日記を盗み読むといった愚行を働くこともしばしば(『交換日記をするの巻』)。まる子のそんなところが、私は好きだった。

怠け者でだらしないから等身大ヒロイン

『りぼん』紙面で人気を博すヒロインは画一的ではなく、性格や家庭環境の設定もさまざまだったが、敢えて共通点を挙げるとすれば“性格がよい”ことは絶対だったと思う。たとえば嫉妬描写では自己嫌悪がセットで描かれなければならない。彼に文句を言わないけど内心ブチ切れている、ということもない。『ご近所物語』の実果子は生意気・ひねくれ・意地悪な面を持つヒロインだったが、それはあくまで不器用ゆえのものであって、“根は繊細な女の子”という見方ができるようになっている。タレント活動をする『こどものおもちゃ』の紗南や、カリスマ女子高生である『GALS!』の蘭といった、いわばスペシャル要素を持っているヒロインも、高飛車ではないし、人を見下すこともしない相当デキた女の子である。だから、極端な言い方をすれば、『りぼん』のヒロインは読者の等身大というより、読者が感情移入していて気持ちがよい(それを読者は等身大と思いたい)ものであることがヒットの定石なのかもしれないと私は考えている。でも、『りぼん』のヒロインのような良い子になりきれない自分にも、読者は漠然と気づている。少なくとも、私はそうだった。

『ちびまる子ちゃん』は、性悪な子どもを主人公に据え、いわゆる子どもらしい子ども(大人が愛情を向けやすい子ども)ではない、クソガキな日常風景が描かれている。実際の小学生なんて大概そんなもん(クソガキ)だと思うし、まる子の思考回路や行動をバカだなぁと笑いながらも、でもものすごく共感する時もあった。小学生は大人の管理下で生きていかざるを得ない。マラソン大会のようなイヤな行事がある、寒くても学校に行かなきゃいけない、嫌な先生が担任になった、席替えで嫌いな子の隣になった、お菓子を買いたいのにお小遣いが足りない、友達の持っているものが欲しい、雑誌に載っているこれを買いたいけど親がダメって言う、自分にとってはすごく理不尽なのに避けられない厄介事がけっこう多い。それを愚痴ると大人(親とか教師とか兄姉)は「やってみたら案外面白いかもよ」「自分のためになるよ」などとつまらない励まし方をしてくるから、たまったものじゃない。怠け者でだらしないまる子は、読者にとって本当に等身大の(時代背景は違えど)女友達のような存在だったと思う。

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中崎亜衣

1987年生まれの未婚シングルマザー。お金はないけどしがらみもないのをいいことに、自由にゆる~く娘と暮らしている。90年代りぼん、邦画、小説、古着、カフェが好き。

@pinkmooncandy

バナナ&ストロベリー

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