東京には来たくなかったけど
そんな愛華が上京することになったきっかけは、転勤だった。ロシアから帰国後、バレエ関連の会社に就職した愛華は、国際事業部でロシア語を活かして働いていた。働き始めて1年目、会社から東京への転勤を命じられたのだ。
「ほんと嫌だった。来たくなかったけど、仕方ないなあって感じで」
愛華に限らず、関西人は地元が好きな人が多いように思う。実際、私の親しい関西の友人は、大学で上京していたとしても卒業後は地元に帰る人が多い。
愛華が上京してから、住居が近いということもあり、私たちは頻繁に会うようになっていた。そして、上京してから1年が経ったある日、愛華から「仕事辞めることにした」と告げられた。辞めてどうするん? と聞くと、「特に何も考えてない」と。
その時、私はてっきり仕事を辞めて関西に帰るのだと思っていたのだ。だが、予想に反して愛華はその後も東京に残った。私が知らない間に、フリーランスのロシア語通訳者として独立しており、収入も会社員の時よりも増加したとのことだった。
「会社にいて、事務仕事ばっかりしてると、なんだか自分が空虚になっていく感じがしたんよね」
愛華の部屋の本棚には、フランス語、イタリア語、ドイツ語、フィンランド語など、数々の言語の参考書が並んでいる。
「言語って結構面白いで。勉強するのは嫌いじゃないねん」
お見合いを薦めて来る母。遊び人の父。実家には帰らない
私は愛華が上京当初、東京に来るのを嫌がっていたことを思い出した。フリーランスの通訳・翻訳家として仕事をしていくのだったら、東京でなければならない理由があまりないように感じて尋ねると、「なんとなく、やけど。実家には帰りたくない」とのこと。
愛華の両親は、仲が悪いというわけではないのだが、父は家にいることが少なく、外で遊んでいるのが子供の目から見ても明らかだった。その上、30才目前で結婚する予定のない愛華に対し、母親がしきりにお見合いの話を薦めてきたそう。
「自分の結婚生活があんな感じやのに、何で薦めて来るのかわからんわ」と愛華は言う。
では、彼女は一生、結婚しないつもりなのだろうか。
「ううん。結婚は3年以内にするって決めてん。だって子供ほしいから。どっちかというと夫より子供がほしいねん」
そんな愛華の理想の結婚相手は「家に帰ってくる人」。テレビの洗剤のコマーシャルで表現されているような、爽やかな家庭に憧れているという。
仕事については「趣味程度に働く」のが理想だというが、そう言っているわりには愛華の仕事にかける情熱は「趣味程度」に収まらない。