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「男はみんな5歳児である」と蔑まれつつ容認される男性の生き方と、耐え忍び母性愛を与える女性の生き方

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わたしたちは愛についてよく知らない

わたしたちは愛についてよく知らない

 2013~2015年まで紙の雑誌(アラフォー女性に向けた月刊ファッション誌)として刊行され、現在はWebマガジンとして継続されている「DRESS」に先日掲載された恋愛アドバイス記事に、戦慄した。

 「DRESS」は、「自分らしく輝きたい女性のためのWebメディア」だそうで、「人生を自分らしく楽しむ大人の女性たちに、多様な生き方や選択肢を提案します。ライフスタイルやファッション、ビューティなど、自分のスタイルを大事にしたい方に向けたアイデアが満載」というコンセプトを持っているという。だが、その記事は「自分らしく楽しむ」ことを応援しているようにも、「多様な生き方や選択肢」を提案しているようにも思えないし、どこが「自分の“スタイル”を大事にしたい方向け」なのか、さっぱりわからない。

<「男はみんな5歳児である」と思って生きれば、多くの問題は解決する>

 タイトル通り、この記事は「男はみんな5歳児である」と女性が思って生きることで多くの問題は解決する、のだと、全方位に力強く訴える内容だ。著者の植村絵里さん(クイックエステBeautiQ創業者で鼻毛脱毛エステ第一人者だという)は、「男はみんな5歳児である」と考えることは<女性が美しく生きるための思考法>であり、<イライラすることなく、相手をありのままの姿で受け入れるのに最も簡単な思考法>であると言い切っている。

 だが、なぜ「男はみんな5歳児である」のか、明確な理由や、客観的根拠については一切説明されていないので、なぜこのような持論が飛び出すのかが見えてこない。あくまで著者の主観を述べた記事ということなのだろう。主観で書くのが悪いとは思わないが、主観で書く時は、主観だと読者に明確に伝える必要がある。しかしこの記事は、さも汎用性があるかのように見せている節があり、感心できない。

 男がなぜ、ほかでもない「5歳児」に該当するのかについて、著者はこう説明している。

5歳児というのは、小学校に上がる前の幼稚園や保育園では一番上の学年です。小学校に上がると勉強や運動で否応なしに「現実」を突きつけられ、社会に適応していく方法を覚えていきますが、5歳児にとって世界=自分。自分は世界の頂点であるという感覚で生きていて、男性の人生の中でプライドがマックスの時期が5歳なのです

 この理論からして適切ではないように(かなり現実とはズレがあるように)、私は感じた。

 確かに5歳児は幼稚園や保育園に通う中では一番上の学年だが、幼稚園も保育園も集団保育が基本なので、一番上の学年なのは自分ひとりだけではないことがほとんどだろう。私の子供も今、保育園児(2歳児クラス)だが、同学年でも4月生まれと3月生まれとでは全然違う。また個人差もあり、近い月齢の園児同士でも身体の大きさや言語の発達には開きが見受けられる。だから「5歳児はこうだ」と示されても「そうか???」と思ってしまう。

 先日、保育園で夏祭りが行われたのだが、345歳児クラスの園児たちも、ぱっと見た限り身体の大きさにはかなりのバラつきがあった。そのうえで、5歳ともなれば、「自分だけ」に意識を集中していられないのではないか、と思った。集団で活動する中で、自分と友達とを比較して優越感に浸ったり挫折を感じたりもするだろう。歳の近い兄姉がいて、常に「かなわない」と感じていたり、逆に自分のほうがより大事にされていると内心誇っていたりもするかもしれない。家でも外でも必ず自分の思い通りになるわけじゃないことくらい、すでに経験してわかっていそうだ。そんな5歳児が「世界=自分」と認識していると、言い切ることはできないのではないか。

 それでもこの「5歳児はこうだ」を受け入れないと本稿が次の段階に進めないので、一応、そうだということにしておこう。

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中崎亜衣

1987年生まれの未婚シングルマザー。お金はないけどしがらみもないのをいいことに、自由にゆる~く娘と暮らしている。90年代りぼん、邦画、小説、古着、カフェが好き。

@pinkmooncandy

バナナ&ストロベリー

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母性 (新潮文庫)