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「転ばないため」ではなく、「安心して転ぶため」に――トミヤマユキコ×清田隆之『大学1年生の歩き方』

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『大学1年生の歩き方 先輩たちが教える転ばぬ先の12のステップ』左右社

『大学1年生の歩き方 先輩たちが教える転ばぬ先の12のステップ』左右社

 ライターとして活躍する傍ら、大学教員として学生たちの悩みに寄り添ってきたトミヤマユキコさんと、同じくライターであり、恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表として、これまで1000人以上の恋の悩みに耳を傾けてきたという清田隆之さん。そんなお二人がしたためた、悩める若者たちに向けたマニュアル本『大学1年生の歩き方』(左右社)は、大学新入生の指南書としてはもちろん、人生のあらゆる局面を通しての「転ばぬ先の杖」として携えていきたい一冊です。

 お二人はこの本を、「大学を器用に泳いでいけるキラキラ系の学生でもなく、かといって完全にドロップアウトしてしまった人たちでもない、つまらないことで蹴つまずいてしまう“普通”の学生たち」のために書きたいと思ったのだといいます。“普通”のゾーンにいるがゆえに苦しさを外に吐き出せない人びとに寄り添い、「転んだって大丈夫!」と“普通”のテンションで語りかけてくれるトミヤマさんと清田さん。今回はそんなお二人から、大学空間を例に、他者とのコミュニケーションのとり方、異性と、そして自分との向き合い方について伺ってみました。「言葉のキャッチボール」が苦手な人、必見です。

女子はいつでも、12割の妥協を抱えて生きている

――この本は、「出会いの4月」から「別れの3月」まで、毎月トミヤマさんと清田さんが交代で文章を書かれていますよね。トミヤマさんが投げた球を清田さんがキャッチし、相手の考えや経験を尊重しつつ、さらに膨らませて返す……という形式が、まさに「言葉のキャッチボール」としか言いようがなく、模範的なコミュニケーションの図だなと感じていました。意外とこういうコミュニケーションの取り方が不得手というか、「言葉のキャッチボール」ではなく「言葉のドッジボール」になっている人は多いような気がします。これは大学時代にお手本にしたかった、と思いました。

トミヤマ 私は文学系の学部で教えているんですけど、学部によって学生の性格ってちょっとずつ違うんですよね。たとえば、文学みたいに唯一の正解を求めるのではないタイプの学問は、説得力を持たせようとして、やたら大きな声で発言するっていう人が一定数いて、それがドッジボール化する原因の一つかもしれないですね。私は学生時代は法学部だったんですけど、法学部では大きな声ってそこまで有効じゃなくて。模擬裁判などでは、自分の意見を言うより、相手の言うことを聞いて、反論も想定しつつ冷静に言葉のやり取りをしないといけないんですよね。それに、どちらの言い分がより正当性があるかっていうのは、周りがジャッジすることですし。でも文学部生同士で文学論を戦わせたりしていると、最終的に一対一の刺し合いみたいになって、相手が死ぬまで刺しちゃう、みたいなところがあるなあとは思います。勝った負けたの判断を他人に委ねられないというか。

――これは個人的な実感なのですが、とくに男子の方がその傾向が強かったような気がして……。

清田 確かに……男子の中には“プレゼンテーション”のことをコミュニケーションだと思っている人が少なくないと感じます。

トミヤマ 強い言葉を吐きすぎて教室に出てこれなくなるのは、自称インテリ系の男子の方が多いんですよ。授業の序盤でいいコメントをしたりして、教室内で「この子すごい!」みたいな扱いを受けると、どうも本人の中でハードルが上がってしまうらしく、学期末が近づくと授業に来なくなっちゃうんです。プライドが高いんしょうね。これが女子だと、居心地が悪くて不安だったとしても最後まで歯を食いしばって授業に出るという「我慢する」形になるんだけど、男子のプライドの守り方って、やっぱり「その場から去って自分を守る」形になりやすい。あまり雑に括りたくはないですけど、男の子の方がダメ出し一つするのにも注意が必要ですね。女の子は勝手に転んで勝手に立ち上がるって感じで、傷つくことへの耐性があるなと思うことが多いです。

――そういう男女間での違いというのは、大学以前の高校や中学校、小学校なんかの男子教育や女子教育に影響される面もあるのでしょうか。教員側も「こういうとき、男子にはこう言おう、女子にはこう言おう」というのを区別しているところが多いように思うのですが。

トミヤマ これは私の見立てですけど、男子の一生ってわりとリニアじゃないですか。たとえばいい会社に入るとか出世するとか、一つの目標に向かってまっすぐブーンと進んでいけばいいという意味では楽なんだけど、その線路から落ちると死ぬ、みたいな。

でも女の子の場合、そういうリニアな人生を送ることってあまりないですよね。女子校に行くのか共学校に行くのか、大学も地元に残るのか家を出るのか、結婚するのかしないのか、結婚して仕事辞めるのか続けるのか、子ども産んだらどうするのか……って感じで、要所要所に必ず分岐点があって、選択を強いられる。その選択もある種の妥協みたいなもので、100パーセント満足のいく選択なんてできないっていう人の方が多いと思うんですよ。常に12割は妥協とか諦め抱えて生きていかざるを得ない、つまり挫折が身近すぎて、あまり大きな出来事として捉えないように訓練されているんですよね。それがいいことかは分からないですけど……。

その点、男の子の方が、何かの拍子にポキって折れたときに、「俺の線路は一本しかないのにどうしてくれるんだ!」みたいな感じになる。「いやいや、全然脇道ありますけど」って思いますけど、彼らにはそれが見えないんですよね。

――清田さんは本の中で、男子の人生観を読み解くキーワードとして「達成と逸脱」を挙げられていましたが、そう考えると女子はまさに「妥協と選択」の人生ですよね。

清田 男性学研究者・田中俊之さんの著書『男がつらいよ 絶望の時代の希望の男性学』(KADOKAWA)によれば、男性は自らの「男らしさ」を証明しようとするとき、「一番にならなきゃ」とか「あいつに勝たなきゃ」とかっていう“達成”の方向か、自分がどれだけダメでアウトローであるかを誇示したり、相手を見下すことで優位性を示したりっていう“逸脱”の方向のどちらかに振れやすいんだそうです。そういう、ある種の極端さにおいて誰かより上であるというのが、男社会において目指される男のあり方だ、という考えがあるから。だから男子のコミュニケーションがドッジボールになってしまいがちな原因っていうのも、そういうところにあるのかもしれない。

対話には“変化の与え合い”という側面もあると思うんですが、男性には変化を拒む傾向もありますよね。相手の言うことを認めてしまうと、自分の「負け」になる、みたいな感覚があるように感じます。僕はこの本を書くとき、トミヤマさんの話を受けて自分の中に生じた変化とか、自分の中で押されたスイッチみたいなものを起点に話を書き始めていたんだけど、もしかしたらそういうところがおもしろかったのかもしれない。

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餅井アンナ

1993年生まれ。ライター。食と性、ジェンダー、生きづらさについての文章を中心に書いています。wezzyでは連載「妄想食堂」などを執筆中。マガジンtb(タバブックス)にて心身の防御力低めな往復書簡連載『へんしん不要』も。食と性のミニコミ『食に淫する』制作。

twitter:@shokuniinsuru

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