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「モテる、彼氏がいる」ことはそんなに良いことなのか? 広く共有される恋愛観の不思議

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わたしたちは愛についてよく知らない

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 「モテる」は、良い意味を持った言葉だ。辞書にも「モテる」という言葉は載っている。『1.人気があって、ちやほやされる。 「女に-・てる男」』『2.長くその状態を保つ。維持する。もちこたえる。 「共通の話題がなくて座が-・てない」』(三省堂「大辞林」第三版)。

 「モテる」のは良いこと、周囲に自慢できること、周囲から羨ましがられることであり、ほぼ無条件に人を肯定する言葉だと、多くの人は信じて疑わないのではないだろうか。「あの子はかわいい。だからモテる」とは言われるけど、「あの子はかわいい。だからモテない」とは言われない。「あの子はかわいい。だけどモテない」とか「あの子はかわいくない。だからモテない」とか「あの子はかわいくない。だけどモテる」は言われる。多分ずっと前からそのようだったのだろう。

 また、「彼氏(彼女)がいる」という情報も、基本的にはその人のことを肯定する良い意味で使われる。モテないよりはモテたほうがいいし、彼氏(彼女)はいないよりいたほうがいい、若いうちは恋愛を楽しんだほうがいい、といった恋愛観はかなり根強く、「彼氏がいる」人は勝ち組で「彼氏がいない」人は負け組という感覚もまた馴染み深いものだ。恋愛のパートナーを持たない人は「淋しい存在」とみなされる。「人に好かれる」ことはすなわち、そのひと自身が魅力的であることを示す、と考えられているからだろう。

 しかし「モテる」「彼氏がいる」「いつも彼氏が途切れない」のは、本当に誰にとってもいついかなる時も良いことなのか。その恋愛観が“フツー”としてマスメディアで撒き散らされ共有されている状態に、疑問を持った。たとえば、こんな恋愛アドバイス記事。

<ズルい程にモテるっ!「いつも彼氏が途切れない」女の心得3つ Menjoy!>

 「ついこの前、何年も付き合った彼氏と別れたと思ったらもう次の彼氏がいる。1回の恋愛は短命でも、常に恋人がいる」。そんな女子になるにはどうしたらいいのか、と、「著者知人でこのタイプにあてはまる、“魔性の女”としての魅力を持つ2人の女子」に、心得を聞いたという内容である。

 彼氏が途切れないことがすなわち魔性の女といえるのか、そこも正直疑問だが、「彼氏は途切れるよりも途切れないほうが良い」という恋愛観にのっとっているこの記事に登場するのは、弥生(仮名)と聡子(仮名)。「彼氏が途切れない」こと以外のプロフィールは非公開で、年齢も職業も不明。そんな彼女たちが語った「いつも彼氏が途切れない」女子の心得とは、このようなものだった。

心得1:男子の前では“隙を出す”
「彼氏がいても、男子の前ではわざと隙をつくる」「彼氏がいることを隠す。聞かれれば答えるけど、自分からは決して言わない」(弥生)
「タイプな男子の前では、“口説いてもイイのよ?”という雰囲気を出す」「ゆるい女子にあえて見せかける。けど口説いてきたら誠実な女子だと打ち明ける」(聡子)

心得2:甘え上手かつ甘えのレベルも調節
「ペットボトルの蓋や缶のプルトップを開けてもらうところから探る。嬉々としてやってくれれば、そこからさらに甘えていく」(弥生)
「私は、計算で終電を逃し、“終電逃しちゃった! 帰れなくなっちゃった! どうしよう~”と甘え、そこから朝まで飲むチャンスにしてる。そうすると、一緒に過ごす時間が増えて、いつのまにか仲良くなれる」(聡子)

心得3:彼氏候補の“取り巻き”を確保しておく
「好きじゃない男子でも、“好き光線”を出しておくと、口説かれることが多い。全方位外交しておくのが、彼氏が途切れない最大のコツかも」(弥生)
「どんな男子にも“好意があるっぽい”ように見せておくのは大事。“あれ? この子、俺のこと気に入ってる……?”と思わせる微妙なラインまでは押しまくる。相手からバシバシLINEが届くようになったら、自分は一歩引くようにして彼氏候補をたくさん置いておく」(聡子)

 早い話が「数撃ちゃ当たる」方式だ。こうした行動をナチュラルに苦もなく出来てしまう女性もいないことはないのだろうが、筆者には非常に面倒で、メリットよりもデメリットのほうが大きいと感じられた。

 常に彼氏候補を確保するために好きじゃない男子に対しても好き光線を出すとか、気疲れしないのか? もし好きな男子がこのような八方美人を嫌うタイプだった時、しまったってことにはならないのか? 彼氏が途切れなければ彼氏自体は誰でもいいし、自分の心は満たされる、ということなのか? もはや習慣化されれば、これが普通になるのか? それにしても、弥生と聡子はなぜここまでして「彼氏を途切れない」ようにしているのか、私としてはその理由のほうがむしろ気になるのだが、記事内では触れられていない。

 そんな弥生と聡子の心得に対して、記事は<いかに日頃から彼氏候補をそばに置いておくのか、恋人が途切れない女子はその“さじ加減”に長けていると言っても過言ではありません。恋人がいるうちから絶妙な距離感で“取り巻き”を置いておけるからこそ、別れても次の候補がスグに見つかるというわけですね!>と称賛する。<恋人がいるうちから、次の恋人候補に“口説くキッカケ”を与え続ける……。これこそが、彼氏が途切れない極意にも繋がっているのは間違いないようです>と、結論付け、締めくくっている。

 もちろん個人の価値観はそれぞれだから「彼氏が途切れない」ことを幸福と捉える女性がいたっていいわけだが、じゃあ自分にとっても「彼氏が途切れない」ことは良いことなのか、それはやっぱり個々人が考えて決めることでもある。だから、無条件に「彼氏はいないよりいるほうがいいよね」「モテないよりモテるほうがいいよね」という恋愛観を受け入れてしまう必要はない。

 恋愛アドバイスの記事は、「モテる」「彼氏がいる」、ついでに「彼氏が途切れない」を良いことだという前提で、「じゃあどうすればモテる? どうやって彼氏をつくる? 男に選ばれて結婚するには?」といったメソッドを提供するものが多い。その情報を受け取る側としては、価値観を鵜呑みにせずに「じゃあ自分はどうなのか」と、いったん自分事に引き寄せて問う手間をかけたほうがいいだろう。

 たとえば「彼氏がほしい」との欲望だけ先走ってする恋愛。「結婚しなきゃ」と焦って挑む婚活。対象ありきの関係性なのに、記号だけを求めていないだろうか。

 自分や自分の身近な人たちを見てみたらどうか。彼氏がいれば幸せそうだろうか。結婚も同棲もしていなくても、2人で過ごしている時間は色々と歩み寄りや妥協が必要だ。また、仕事が忙しくてなかなか会えない、結婚の話が進まない、価値観や考えが合わない気がする、浮気された……ひどい場合はDV被害を受けるケースだってある。「彼氏がいる」は幸せに直結しないし、「結婚」もまた幸福の頂点ではない。すべてはイメージだと思う。

 現実の問題をスルーして、「モテる」「彼氏がいる」「彼氏が途切れない」ことを全面肯定する恋愛観が蔓延り、ロマンティック・ラブ・イデオロギーが男女の正しい唯一の関係性であるかのように語られる。その風潮に飲み込まれた女性たちは煽られ、焦り、マウンティングに走り、マイペースよりも切磋琢磨の競争を強いられているのではないだろうか。同時に男性も、恋愛経験がないことで「非モテ」と蔑まれたり、奇妙な者であるかのような扱いをうけることがあるし、男性自身がそれを内面化して自虐的に披露したりもする。本当は、恋愛をするもしないも、そこにどれだけ比重を置くかも当人の自由だ。

中崎亜衣

1987年生まれの未婚シングルマザー。お金はないけどしがらみもないのをいいことに、自由にゆる~く娘と暮らしている。90年代りぼん、邦画、小説、古着、カフェが好き。

@pinkmooncandy

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