社会

「俺だってつらいんだ」に終始する男性の生きづらさ論/『介護する息子たち』著者・平山亮さんインタビュー【1】

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「聞く耳」を持たせる役割は男性にある

――『介護する息子たち』を読むと、「ごはんをあげる」という家事のタスクが成り立つための、「感覚的活動」「関係調整」といった、本人も気付きづらいお膳立ての重要性が見えてきます。たしかに、スーパーで買い物をするときって冷蔵庫の中身とか、数日先の献立を見越したりしますよね。一般的にはまだ「イクメン」は、買い物担当や掃除担当といった、タスク労働を妻の依頼でこなすだけという人も少なくないと思います。男性に「感覚的活動」について知ってもらうために、どうすればいいとお考えですか?

平山 「知ってもらうためにはどうすればいいか?」という時点で、男性は「勝って」います。「知ってもらう」ために言葉を尽くして伝えなければいけない立場に置かれるのは、女性だということになるからです。そして、男性は「言ってくれないからわからなかった」「言われてもわからない」「言い方が悪い」ということで、自分が「わからない」責任を女性に転嫁することができますから。男性の「わからない」は、自分が優位に立つための権力になっているんです。男性がそれを自覚しない限り、女性の不利な立場は変わらない。にもかかわらず、男性に自覚させる役割まで女性に求めるのは理不尽です。

――その一方で、マンガ『逃げるは恥だが役に立つ』(講談社)は、フィクションとして理想的にすぎるきらいもありますが、「理屈っぽくても対話をする」ということを提示しようとしたひとつの達成で、昨年のテレビドラマも大ヒットし、社会現象にまでなりました。この作品のように、恋愛関係にしろ結婚などパートナーシップにしろ、良好な関係づくりのために理屈っぽい話をしなければならないのかも、とも思います。

平山 本当の意味での交渉は、対等な立場になければそもそも不可能ではないでしょうか。「わからない」の切り札をもっている男性の「勝ち」は、最初から決まっているんですから。男性が「わかる」ように論理立てて伝える義務が女性にある一方で、それが論理的かどうかを判定する権利も男性が握っているのが今の男女関係です。初めから圧倒的不利な立場にあるのに、女性に男性と「もっと話し合って」というのは酷に思えます。

――わからないのをわからせるのは面倒、だったら自分でやった方がマシ、と女性側がなりがちなのもわかります……。

平山 女性が黙って自分でやってしまう方が「合理的」に見える仕組みができてしまっている、ということが問題ですよね。そして、この問題について「女性がもっと訴えていかなくちゃ」という方向にもっていくのも間違い。なぜなら、女性はもうこれまで散々言ってきたし、言わされてきたから。解決していないのは、男性がそれに応える気がまったくなかったからに過ぎません。男性に「聞く耳」を持たせ、変わるように仕向けるのは、私たち男性がやらなければいけないことです。

目の前の女性より「社会」を大事にする男性

――本書でも、まず身近な女性の生存が脅かされる状況に陥らないよう、男性から手を差し伸べることへの提案が書かれています。そのためには「稼得役割につく」「面倒を見ている」という状態が相手を従属させているということに男性が気づかないといけませんよね。じゃあ女性も働きに出られるように……と素朴に考えたんですが、『きょうだいリスク』(朝日新書、古川雅子・共著)では、今の日本の制度の上では共働きの家庭は相対的貧困に陥りやすいと書かれています。こうした状況を見ていると、この矛盾をどう考えたらいいのか……。

平山 別の選択肢を思いついても、それを選びづらくなるようにできている、と。

――そうなんです。制度上の課題と、目の前の生活において生命の危機に陥りかねない構造もあって。

平山 制度的な矛盾は確かに私たちの一存では変えられませんよね。でも、「こういう制度は嫌だ」という意思表明は、しないよりはした方がずっといいです。現状で好都合なのは、そういう制度のもとで優位に立っている人たちです。優位な人の声は、優位だからこそ大きいのに対して、異を唱える声は、実際にそう思っている人の数より小さく聞こえます。そして、声が聞こえてこないから、余計に自分たちが「弱小勢力」に思えて、意を唱えにくくなる人がますます増えてしまう。だからこそ「嫌だ」という声があちこちから聞こえてくる意味は大きいです。

――制度上合理的に考えたら、女性が外に働きに出るより男性が、という話になるけれど、そこで一旦踏みとどまって、男性側が育児休暇を取るとか、そういう実践を重ねていく、なども手でしょうか。

平山 個人でできることもあるのでは、という話ですね。『「家族する」男性たち』(東京大学出版会)の著者の心理学者・大野祥子さんは、男性のたいへんさを何もかも制度のせいにする論調に違和感を覚え、男性が個人レベルで、自分の周辺の世界から変えていけることを探ろうと奮闘されています。本のなかで印象的だったのが、大野さんが指摘されている「相手(女性)の状態に対する柔軟な配慮と歩み寄り」です。先ほども言いましたが、男性は役割分担の交渉のなかで優位に立ちやすい。男性にとって両立が難しいのは確かですが、ケア役割から一抜けできる可能性も、一抜けすることで経済力を持てる可能性も、男性の方がずっと大きいんです。そういう立場は、男性が自分で望んだものではないかもしれないけれど、大事なことは、その優位を自覚した上で、逆に言えば、女性がどんなに不利な立場に置かれているかを配慮した上で、目の前の女性にどう向き合うか、ですよね。

――目の前の女性との結婚や同棲にためらう理由として、稼得役割を担って養える立場にならなければいけないのではないか? という考えにとらわれた男性の声はけっこう聞きます。しかし、先ほども話題にしたように、その時点で自分が相手を従属させる可能性を考えていないと言えそうですね。

平山 男性は「男性役割から降りたくても『社会』がそれを許してくれないんだ」と言うことがありますが、その「社会」は、目の前の女性が不利な立場に置かれるとしても、大事にしないといけないものなのでしょうか。翻って、「社会」に比べたらその程度にしか扱う気がない相手をパートナーにし続けたいなんて、女性からしたら、たまったもんじゃないでしょう。男性役割をこなすのにこんなに必死なのに女性にそっぽを向かれてしまう、と嘆く男性は、逆に、だからこそ不信の目で見られていることに気づかないと。

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鈴木みのり

1982年高知県生まれ。集英社『週刊プレイボーイ』編集者にナンパされ、2012年より雑誌などに記事を寄稿しはじめる。2017年より『週刊金曜日』書評委員を担当。第50回ギャラクシー賞奨励賞受賞(上期)ドキュメンタリー番組に出演、企画・制作進行協力。利賀演劇人コンクール2016年奨励賞受賞作品に主演、衣装、演出協力などを担当。2012年よりタイ・バンコクでSRSを受けるMtFを取材中。(写真撮影:竹之内裕幸)

twitter:@chang_minori

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介護する息子たち: 男性性の死角とケアのジェンダー分析