前回は、行動経済学で最近明らかにされてきている男子と女子の学習行動の違いについてお話をしました。簡潔におさらいをすると、
(1)女子は競争が苦手というわけではないものの
(2)女子は男子の前では競争におけるパフォーマンスが低下してしまう
(3)自分のことを優秀だと思っている女子でも、男子と比べると競争を避ける傾向がある
というお話でした。
(1)と(2)については直観的に分かるところもあるかと思います。しかし、なぜ男子と比べて女子は競争を避けてしまうのでしょうか。今回は、「自信」に迫ったとある研究を紹介したいと思います。
自分に自信を持てない女の子たち
男女の学習行動の違いを明らかにするために以下のような実験が行われました。
1.5択の問題を解いてもらう
2.問題の難易度に応じて正解すると3点・4点・5点が貰える
3.間違えたら問題の難易度に関わらず1点減点
4.無回答の場合は加点も減点も行われない
もちろん選択式の問題なので、勘に頼ることもできます。勘に頼った場合、不正解を選ぶ可能性は5分の4で、正解を選ぶ可能性は5分の1になります。つまり3点問題の場合は、-1×4/5(-1点獲得する可能性が5分の4)+3×1/5(3点獲得する可能性が5分の1)ですから、3点問題を勘で答えた場合に得られる得点の見込み(「期待値」と言います)は-0.2点になります。同様に計算すると4点問題は0点、5点問題は0.2点得られる見込みになります。つまり、答えが分からない場合、簡単な問題では回答しないのが得策で、難しい問題の場合は、でたらめに回答しておくのが得策となります。
この実験では、簡単な問題では男女の無回答率に差はみられなかったのですが、難しい問題では明確に女子の方が男子よりも高い無回答率を示しました。
これだけだと、「女子の方が学力が低いので無回答率が高い」のか、「男女で学力に差はないけれども女子がリスクを避けたがるので、でたらめな回答をしない」のか、「別の要因による影響」なのか、はっきりしません。そこでさらに追加の実験が行われました。
5.前回の試験結果よりも成績が落ちていないものに対してご褒美(メダルや表彰状など)を与える
表彰状やメダルがご褒美として加わるということは、ご褒美が何点分に相当するのかは議論の余地がありますが(α点としましょう)、ご褒美の分だけ問題を解く動機が多かれ少なかれ増加するはずです。簡単に言うと正解したときの点数が3点+α、4点+α、5点+αになるわけで、勘に頼って回答した場合の得点の期待も上昇します。
この結果、男子の無回答率には影響がなかったものの、女子については無回答率が減少しました。額面通りに受け取ると、正解か不正解かの確率は変わらないのに、獲得できる得点の期待値が上昇すると、女子だけより多くの問題を答えるようになったことになります。
ここから女子は男子と比べるとよりリスクを避けたがる傾向があることが示唆されますが、さらに詳細な分析をすると、リスク回避的以外の重要な女子の特性を明らかになりました。
正解を知っている問題を答えない理由はありません。もし、ご褒美が得られるという新たな動機によって無回答率が減り、勘で問題に答える女性が増えたとしたら、女子全体の正答率は低下するはずです。なぜなら5つの選択肢の中で答えは1つだけなので、正解率は20%にしかならないからです。しかし実際には、無回答率が上昇したものの正答率は低下しませんでした。つまり女子達は、ご褒美が得られるという条件が追加される以前に無回答を選択した問題については、「確信が持てないので無回答を選択したものの、回答していれば正解を選べていた」わけです。
このことから、女子はリスク回避的であるだけでなく、「自分(の考える解答)に自信を持てていない」という特徴を有していることが推察されます。
日本の文脈で示唆されること
前回の記事で、優秀だと思っている女子が競争を避ける傾向に配慮した支援をしないと、日本のトップスクールでの男女比は望ましい数値まで上がらない、というお話をしました。今回の記事で紹介した研究はこれにどうやって対処すべきかを私たちに教えてくれます。
まず、女子がリスク回避的であるものの、動機にはちゃんと反応するという点です。
トップスクールへの出願は、不合格になって浪人する可能性もある上、卒業後に必ずしも将来の高収入や幸せを保証するわけではないという、不確実性の大きなものになります。
この問題を解消するために、トップスクールに出願する女子向けの奨学金を創設し、女子がトップスクールに進学する費用対効果を上げ、より多くの女子がトップスクールに出願するよう促すというのも一つの手です。しかし、そもそもトップスクールに出願できる条件の揃った女子の多くは富裕層出身でしょう。するとこの方法では、ジェンダー格差の縮小には貢献するものの、貧富の格差を拡大させる恐れがあります。
では他に何が出来るのかというと、まず手を付けられるところとして、トップスクールに進学するメリットを明示するための、説明会の開催が挙げられるでしょう。日本では大学に進学するメリットとして、就職率と就職企業名ぐらいしか提示されません。しかし、新卒の3割が3年以内に離職すると言われる日本で、提供される情報がこれだけというのは、不十分ではないでしょうか? 平均給与や失業率の情報も欲しいですし、あるいは教育ローンの延滞率など、進学するメリットを判断できる材料をより多く開示するべきではないでしょうか。これらは女子に限らずすべての生徒にとって役に立つ情報ですが、女子生徒に焦点にあてたものとしては、卒業生が結婚後にどれだけ働き続けられているかなども、開示すべき情報なのかもしれません。
しかし、何よりも優先して取り組むべき課題は、女子が自分に自信を持てていない問題です。この問題を解決するための第一歩はやはり家庭での取り組みだと思います。日常生活で「女の子なんだから…」といって、新しいことに挑戦しようとするのを阻害したり、「女の子らしさ」の枠にはめ込んでしまうと、それらが内面化され、自信が持てないようになってしまいます。「女の子でも」「女の子だからこそ」という姿勢で、さらに言えば「女の子でも/だから」という言葉など考えず、生徒に接していくことが重要です。全く同様のことは学校にも当てはまります。教員にもまた女子が自分に自信を持てるよう励まし続ける姿勢が求められます。
最後に、メディアのあり方もよく考えられる必要があります。メディアには社会規範を形成する働きがあります。女子教育を社会全体として支援していく機運作りのために、国際機関が実施する女子教育推進プロジェクトでもメディアは主要なターゲットの一つです。
さて、日本のメディアは女子に自信を持たせるような社会規範の構築に貢献できているでしょうか? 筆者は日本を離れて10年経つため、日本のメディアについてはSNSや友人伝いで話を聞く程度なので、大分偏った意見かも知れませんが、女性のリーダーや科学者に関する報道を見ると、女性でもできるんだというメッセージを社会に発信するところからは遠くかけ離れたところにいる印象を受けます。
女の子たちが自分に自信を持てるようになるために、社会を構成する様々なアクターが、女子を励まし続けていく、そういったことが男女平等の実現のために求められているのだと思います。
参考文献
Riener, G. and Wagner, V. (2017). Shying Away from Demanding Tasks? Experimental Evidence on Gender Differences in Answering Multiple-Choice Questions. Economics of Education Review, 59, 43-62.