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“「卵子の老化」キャンペーン”よりも、“客観的で誠実な”性教育を

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Photo by Mixy Lorenzo from Flickr

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 NHKの小野文惠アナウンサーが、不妊治療を特集した番組の中で「50歳ぐらいまでに産めばいいのかなと思っているうちに手遅れになりました」と発言したことについて、前回触れた。思えば、「閉経までは産めると思っていた」「高齢になると妊娠しづらくなるなんて誰も教えてくれなかった」と最初に公言した有名人は、国会議員の野田聖子さんだった。野田さんは、卵子提供を受け、2011年に50代で出産したが、最初の結婚(事実婚)をした40代前半から不妊治療を行っていた。

 野田さんのような知的で影響力のある女性が「誰も教えてくれなかった」と公言したことから、「高齢になると妊娠、出産がしづらくなるということを啓蒙する必要がある!」という空気が蔓延し、これを裏付けるデータも登場した(スターティング・ファミリーズ調査。日本人女性の妊娠に関する知識の習得度は、先進国18カ国中、下から2位という結果。極めて質の悪いデータであると専門家が指摘している(1))。

 こうした空気を背景に20122月、NHKが「産みたいのに産めない 卵子老化の衝撃」(『クローズアップ現代』)を放送し、これを皮切りに、国を挙げての「卵子の老化」キャンペーンが始まった。翌年には安倍首相の肝いりで設置された「少子化危機突破タスクフォース」が「女性手帳」(正式名称は「生命と女性の手帳」)の配布を決定したが、これも「卵子は老化するから、若いうちに出産しよう」という内容だった。

「産めない女性」「産みたくない女性」のことなど歯牙にもかけず、「女性が子どもを産まないのは、知識不足のせいだ」という見地に立った「女性手帳」は、当然ながら女性たちの大ブーイングを招き、結局配布されることはなかった。

 そもそも「高齢出産」という言葉が当たり前に知られているこの社会で、「高齢になると妊娠しづらくなるなんて誰も教えてくれなかった」と言う女性は、少数派ではないだろうか。「何を今さら」と感じた人が大多数で、全然「衝撃」ではなかったと思うのだが。

野田さんのように一途に勉強してきた人ほど、俗世間の常識、特に性に関する常識には疎いのかもしれない。「35歳を過ぎると羊水が腐る」と発言したためバッシングされた倖田來未さんとは対照的である。

「羊水が腐る」という認識は間違いではあるものの、高齢になるにつれて妊娠・出産が難しくなるということが漠然とではあるが広く社会に浸透しているということを表わしている。「知らなかった」という人がいる以上、放置はできないが、それなら男女を問わず義務教育中に客観的で誠実な性教育を行えばいいのだ「なぜ「若いうちに産んだほうがいいよ」と言ってはいけないか/『文科省/高校「妊活」教材の嘘』」)。人生を設計するための客観的なデータを示すことが「教育」であり、政府の方針を押し付けることは「教化」である

 「卵子の老化」キャンペーンの目的は、言うまでもなく若い女性に子どもを産ませることである。産み始めの年齢が遅いと、第二子、第三子出産の可能性が薄くなる。また、「卵子が老化すると染色体異常が起こりやすい」と繰り返し唱えられることから、障がい児の出生を減らすということも、その目的の一つと考えられていることがわかる。

国が少子化対策を行うのは、国を担う人材を確保するためである。国にとって有用な人間は増やしたいけれど、「負担になる」人間は減らしたい。表面には現れないが、これが為政者の本音である(戦前はあからさまで、例えば「いくら人口増加が大切だからといっても身体の弱い子供や精神の劣った子供を儲けたのではかえって国家の負担になるようなことにもなるのです」〔内閣情報部『写真週報』〕と公言されていた)。

以前、茨城県の教育委員が障がい者施設を見学した際に、「妊娠初期にもっと(障がいの有無が)わかるようにできないのか。(教職員も)すごい人数が従事しており、大変な予算だろうと思う」「意識改革しないと。技術で(障がいの有無が)わかれば一番いい。生まれてきてからじゃ本当に大変」「茨城県では減らしていける方向になったらいい」と発言し、問題になったことがあった。

障がい者の存在は「負担」になるから、生まれる前に「処分」してしまえという発想だ。同じような考えから障がい者施設の入所者たちが複数殺傷されるという悲惨な事件が起きたことも記憶に新しい。

 単に子どもを増やすだけなら、高齢出産でも問題はないはずなのだが、「国を担う人材」を確保するために少子化対策を行っている政府にとっては、染色体異常児が生まれる割合が高くなるとされる高齢出産は好ましくないのだ。

 女性が子どもを持つことについて考えるとき、「もし障がい児が生まれたら」と思いを巡らすことは珍しいことではない。特に出産に消極的な女性ほど、「障がい児が生まれた場合の負担」について考え、妊娠を躊躇してしまう傾向がある。したがって、政府がより多くの女性に子どもを産んでもらいたいと考えているならば、どんな子どもが生まれても安心して育てられる社会を作ることが肝要なのだ。

 「障がい児は産んでくれるな」というキャンペーンを張っている国で、女性たちが出産に二の足を踏んでしまうのは、当然のことである。

(1)田中重人「日本人は妊娠リテラシーが低い、という神話――社会調査濫用問題の新しい局面」http://synodos.jp/science/17194

田中ひかる

1970年東京生まれ。著書に『月経と犯罪――女性犯罪論の真偽を問う』(批評社)、『「オバサン」はなぜ嫌われるか』(集英社新書)、『生理用品の社会史――タブーから一大ビジネスへ』(ミネルヴァ書房)など。

田中ひかるのウェブサイト

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