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ラジオ体操は“地域のつながり”を深めるのか? 騒音問題と小池都知事の“オリパラ気運醸成”

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東京都公式youtubeチャンネルより

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 小学生の娘が、今年の夏休みはラジオ体操に参加すると言い出したので、困惑した。開催場所は娘が通う公立小学校なのだが、自宅からは少し距離がある。早朝は人目が少なく危険なので、付き添わねばならない。「参加賞の代わりに何か買ってあげるから」とか、「ラジオ体操っていうのは戦争中に国民をまとめるために利用されたんだよ」(1)とか、最終的には「早起きがしたくない」と本当の反対理由を述べたのだが、娘の参加賞が欲しいという欲望を曲げることはできなかった。

 かくして初日、不本意ながら6時に起きて娘とともにラジオ体操へ。

 小学校の門前では、係の方が「おはようございます!」とにこやかに出席カードにハンコを押してくださった。つられてこちらも爽やかに挨拶をする。校庭に入ると、小学校の先生方や地域の方、小中学生がすでに30人ほど。最終的には100人を超える人数になっていた。

 爽やかすぎてケチのつけようがない「ラジオ体操の歌」に合わせて行進しているうちに、なんだかとてもよいことをしている気分に。気がつくと、自己イメージとはかけ離れたキビキビとした動きで第一体操、第二体操と進んでいた。第二体操は実に中学生以来。すっかり忘れていると思ったのに、体が覚えていた。帰り道は充実感に包まれ、10日間の開催期間を皆勤してやる! と意気込んでいた。恐るべしラジオ体操。ファシズムに利用されたというのも頷ける。小池都知事が、東京オリンピック・パラリンピックへ向けての気運醸成にラジオ体操を活用しようというのも、ある意味、的を射ている。

 そういえば最近、あちこちで「オリンピック・パラリンピック気運醸成事業」という文字を見かけるのだが、気運というのは無理矢理醸成するものなのだろうか。いずれにしても「気運を醸成するためにこのイベントをやっていますよ」と正直に宣言しているところがかわいらしい。知らないうちに取り込まれてしまうのが全体主義だから。

 ラジオ体操から帰ると、テレビの情報番組で“ラジオ体操の騒音問題”を取り上げていた。つくば市に住むある女性が、東日本大震災の際に「地域のつながり」の大切さを実感したことから、ラジオ体操を主催したところ、近隣から「ラジオの音や話し声がうるさい」という苦情が出た。代替場所がないため、ラジオの音を極小に絞り、小さな声で会話をするように呼びかけ、継続しているという。

 画像を見ると、住宅街にある駐車場で20人ほどの大人が体操をしている。一見して場所が悪いと感じた。普段はとても静かそうな住宅街である。それがある日突然、駐車場でラジオ体操が始まったら、迷惑に感じる人もいるだろう。大人ばかりが粛々と体操をする様子を見て、スタジオゲストからは「活気がないな」という声が。これはラジオの音を絞っているからというよりは、子どもや若者がいないせいだろう。まさしく少子高齢社会を象徴するような絵である。

 実は私が一番気になったのは、騒音問題よりも「ラジオ体操が地域のつながりを密接にする」という発想である(良かれと思ってラジオ体操を主催した女性を批判するつもりは毛頭ない。しかもこうした考え方はごく一般的である)。

 ラジオ体操の目的は本来「健康の増進」である。そこに別の意味あいを求めるから、会話が必要となり、話し声がうるさいということになるのではないか。結局この地域では、ラジオ体操が地域のつながりを深めるどころか、住民同士の揉め事の原因となってしまった。それならラジオ体操に拘らず、端的に「地域のつながりを深める会」を主催したほうがいい。

 さらに、災害時の助け合いを目的とするなら、それこそ地域の小学校や中学校で開催すべきである。災害時に避難所となる場所に普段から集まることで、いざというときに避難所の設営や支援物資の分配といった協力体制を敷きやすくなるという利点はあるかもしれない。

 「地域のつながり」というと美しいが、同じことを「地域のしがらみ」と感じる人もいる。したがって“つながりを深める”ことが必ずしもいいことだとは言えない。ましてや強制すべきではない。さらに「地域のつながり」をベースとした災害時対策は、つながりからあぶれた人たちを取りこぼす恐れもある。いずれにしても行政は、地域住民による消火活動や救助活動が最低限で済むよう、ハード面での対策を強化してほしい。

 ところで、私のラジオ体操ブームは4日間で終わり、娘は防犯ブザーをぶら下げて、一人で通っている。私の場合、慣れない早起きのせいで、朝の爽やかさとは裏腹に夕方の倦怠感が著しく、「健康の増進」というラジオ体操の“本来の目的”を果たしえないと判断したので。

(1)ラジオ体操とファシズムの関係については、武田徹著『NHK問題』(ちくま新書)が詳しい。

田中ひかる

1970年東京生まれ。著書に『月経と犯罪――女性犯罪論の真偽を問う』(批評社)、『「オバサン」はなぜ嫌われるか』(集英社新書)、『生理用品の社会史――タブーから一大ビジネスへ』(ミネルヴァ書房)など。

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「オバサン」はなぜ嫌われるか (集英社新書)