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“卵子の老化”で油断!? 中絶件数が出産件数を上回る40代後半

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大正時代の4050代女性はもっと妊娠していた

 日本全国の年齢別出生数について確認できる最も古い統計は、1925(大正14)年のものだが、この年、女性の総人口が現在の半分以下であったにも関わらず、40代後半女性の出生数は14,389人、50代女性の出生数は3,648人だった(2)。

 当時は、女性は若いうちに結婚し、その後は閉経まで産み続けることが当たり前だった(多産で月経回数が少なく卵子を節約できたため、高齢になっても産めたということもあろう)。そして、かりに「妊娠したくない」と思ったところで、有効な避妊法も存在しなかった(性病予防が主目的だったコンドームが、避妊用として普及するのは戦後のこと。「コンドームの歴史」については、機会を改めて書きたい)。子どもの数をコントロールしようとした場合、生まれた子を間引くという方法が取られることが多く、出産直後の乳児を産婦自身や産婆が窒息死させるといったことが行われていた。このように闇に葬られた乳児の数も入れれば、50代の出生数は統計に残っている数よりも、かなり多かったと考えられる。

 大正時代には、都市から地方へと徐々に電灯が普及するのだが、その時期と出生率が低下しだした時期が一致する。夜が暗かった時代、言い換えれば「他にすることがなかった時代」は性交の頻度が高く、その結果として子どももたくさん生まれていたのかもしれない。

 〝高齢出産〟の医学的弊害が説かれることもなく、なにしろ40代後半を過ぎても出産する女性がたくさんいたため、年齢を殊更意識することもなかったのだろう。さらに言えば、出産にともなう危険性は〝高齢出産〟に限られていなかった。例えば、妊産婦死亡率(10万人あたりの死亡数)は2014年の2.7に対し、1925年は285.4(3)。お産による死が今よりも身近であったにも関わらず、女性たち自身が妊娠をコントロールできない時代があった。

50代の出産が珍しくない時代がやってくる

  まとめると、現在は40代前半までの出産は珍しくないため、望んで妊娠する人がたくさんいるものの、40代後半では中絶する人が多い。当然、避妊している人はもっと多いだろう。その背景に、”「卵子の老化」キャンペーン”のような「高齢出産は好ましくない」という考え方があるのは疑いようもない。

 大正時代のように頻繁に性交し、避妊もしなければ、50代の出産はもっと増えるはずである。50代の妊娠、出産率は決して「ゼロ」ではない。メディアが垂れ流す情報を真に受けて、高齢での妊娠、出産を諦める女性が増えることが、数値を限りなくゼロに近づけているのだ。

 今後、生殖医療の進歩によって、50代の出産は徐々に増加していくだろう。増加が呼び水となり、50代の出産が珍しくない時代がやってくるかもしれない。

(1)現在確認できる最新の統計が2015年度のものである。なお、出生数(厚生労働省「人口動態統計」)は年毎、中絶件数(厚生労働省「衛生行政報告例」)は年度毎の統計となっているため、出生数は20154月から20163月までの月別出生数を合計した。
(2)厚生労働省「人口動態統計」
(3)国立社会保障・人口問題研究所「人口統計資料集」

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田中ひかる

1970年東京生まれ。著書に『月経と犯罪――女性犯罪論の真偽を問う』(批評社)、『「オバサン」はなぜ嫌われるか』(集英社新書)、『生理用品の社会史――タブーから一大ビジネスへ』(ミネルヴァ書房)など。

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