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“陣痛を経て母親になる”という無意味な精神論が、無痛分娩の普及を阻み、事故を招いている。

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 この読売新聞の記事が出たあと、各メディアが無痛分娩による過去の事故例を報じはじめた。

 例えば、2012年に京都府の産院で無痛分娩をしたロシア国籍の女性は、医師が誤って麻酔針を深く刺してしまったことが原因で心肺停止状態となった(遺族側の主張)。麻酔薬の量は通常の2.54倍だったという。同じ産院で昨年、帝王切開をした女性と新生児が、やはり麻酔ミスで重い障害を負っている。

 また、2015年に神戸市の産院で無痛分娩をした女性が、直後に容態が悪化して死亡したが、医師は麻酔投与後、女性のそばを離れており、容態の急変に気がつかず対応が遅れた。

 いずれも痛ましい事故であり、遺族が病院や医師を訴えたのも当然だろう。麻酔を扱う技術がないのであれば、「当院では無痛分娩はできない」と断るべきであり、麻酔投与後の産婦を放置するなどというのは、無責任の極みである。どう見ても人為的な事故であり、これらの事故を以て無痛分娩そのものを危険視するのは見当違いである。

 しかし、残念ながら無痛分娩バッシングは止まず、71日には上毛新聞に次のような記事が掲載された。

少子化対策の一環で本年度、全国でも珍しい無痛分娩費用の助成事業を始めた群馬県下仁田町は30日、事業化後、無痛分娩で出産した女性の死亡事例などが明るみになっているものの、今後も事業を継続する意向を明らかにした。年度当初から3カ月たったが、町に対し助成を申請する人はまだ出ていない。
制度3カ月で申請なし 無痛分娩の助成継続 下仁田町」(最終閲覧:81814時)

 当該記事では「死亡事例などが明るみになっているものの」とあるように、無痛分娩費用の助成を継続する町を批判する内容となっている。

 無痛分娩には「痛くない」というわかりやすいメリットのほか、産後の回復が早いというメリットもある。無痛分娩が主流の国で産婦の入院期間が短い理由の一つに、分娩の際に無駄な体力を使っていないということがある。また、高血圧の産婦や心肺が弱い産婦にとって激しい陣痛は命に関わるため、かつては出産を諦めざるをえなかったが、無痛分娩を選択することによって無事に出産ができるようになった。

 つまり、少子化対策として無痛分娩費用を助成するという下仁田町の事業は的を射ており、実際的である。「町に対し助成を申請する人はまだ出ていない」のは、無痛分娩をただ危険視するだけの無責任な報道のせいであろう。

 出産に関する情報サイトには、「嫁が無痛分娩をしたいなどと甘えたことを申しております」「無痛分娩をしたいと言ったら、夫に『痛みから逃げている』と言われました」といった相談が寄せられており、「陣痛を経験してこそ立派な母親になれる」といった精神論がいまだ根強いことがわかる。

 なぜ出産の痛みだけが賞賛されるのか。 陣痛は尊くて、帝王切開の痛みはただの痛みなのか。陣痛を経験しないと親になれないなら、男性や養親は永遠に親にはなれないのか。無痛分娩が主流の国の産婦たちは根性が足りないとでも言うのか。

 陣痛を如何ともしがたかった時代には、そうした精神論にも産婦を叱咤激励する意味合いがあったのだろうが、いまや必要ないだろう。無意味な精神論や、自然なお産を過剰に賛美する風潮が無痛分娩の普及を阻み、限られた産院でしか安全な無痛分娩が行えないという状況を作り、その結果事故が起きるという悪循環を生んでいる。

)日本産婦人科医会が全国約2400の産科医療機関を対象として6月に開始した調査の回収率約40%時点での中間報告。

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田中ひかる

1970年東京生まれ。著書に『月経と犯罪――女性犯罪論の真偽を問う』(批評社)、『「オバサン」はなぜ嫌われるか』(集英社新書)、『生理用品の社会史――タブーから一大ビジネスへ』(ミネルヴァ書房)など。

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