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【第2回】妄想食堂「食フェチなのに胃が弱い問題」

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(c)飯塚めり

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 食べ物や食事という行為が好き。性的に興奮する。こう話すと、きまって言われることがある。「じゃあたくさん食べるんですか?」。期待に沿えず申し訳ないような気がしつつ、その問いには頷くことができない。

 食べるのが好きだが、たくさんは食べられない。絶望的に胃が弱いのだ。普段からあまり食べられないし、嫌なことがあるとすぐに胃が痛くなる。一年の半分くらいは胃の具合が悪いので、胃薬のストックが欠かせない。不用意に揚げ物を食べると死ぬ。

 人並みにたくさん食べられているときは、よほど事前に調子を整えてきたか、食べ残しを出したくないかのどちらかだ。それでもだいたい、後から具合を悪くする。膨張して皮の張り詰めたお腹。食道がぼこぼこと泡立つような不快感と、胃に拳を押し付けられているような鈍い痛み。歩くたびに喉を突き上げる吐き気。そういう感覚も、正直言って嫌いではない。食べものに自分の体を内側からいいようにされているような、じっくりと痛めつけられているような心地がするから。胃にびらんができたときの内視鏡検査も、麻酔で意識が朦朧としたなか喉にどんどん管を突っ込まれて胃をぐりぐりされて、なかなかよかった。だけどやっぱり健康は大事なので、あまり無茶はできない。

 仮にも食のフェティシストでありながら、胃弱。これでいいのか。実を言うと、私はちょっと自信がない。「セックスが好き」と言われたら、100人中92人くらいは精力絶倫の人を想像してしまうように、「食べるのが好き」と言われたら、大多数の人は食欲旺盛な健啖家をイメージするだろう。「たくさん食べるんでしょう」と聞いてくる人たちだって、たぶんそういう分かりやすさを求めているはずだ。そういう型に嵌まれない自分であることに、なんとなく居心地の悪さを感じてしまう。

 自分の食に対するフェティシズムを開示したときに、もうひとつよく聞かれることがある。「じゃあ今、こうして一緒に食べてるのも興奮するんですか?」。たしかに人と食事をするのだって好きだし、人がものを食べているところを見るとむらむらする。けれど、あらゆる人に欲情するかと言われるとそうではないから困ってしまう。守備範囲がズレているだけで、特別に広いというわけじゃないから。よく考えてみるとこれは同性愛者に対して異性愛者がかましがちな「じゃあ僕/私みたいなのってタイプですか?」という文句と似ているのだけど、あなたたちだってそうじゃないのか。異性が好きだからといってあらゆる異性に欲情するわけではないはずだ。

 たとえば人でも物でもいい、何かに対する愛情や欲望を表明しようとするとき、ある種の物差しが持ち込まれがちだ。どれだけ好きか。どこまで好きか。それを現実的な手段でうまく表せないときには、なんとなく気後れしてしまう。この程度で「好き」を口にしていいんだろうか。愛しているならたくさん。愛しているならなんでも。でもそういうのって、なんだか乱暴に質と量が求められているような感じがする。

 とりわけ一般的とされるような性愛の型から外れているというだけで、何か異様で極端なものだとみなされがちになるというのもある。つまり、キワモノ扱いされがち。でもおそらく性的嗜好にしろ性的指向にしろ、勢いづいて過剰になっていった結果、その地点まで突き抜けてしまったわけではないんじゃなかろうか。ただ「中心」にいないだけ。ほかはそんなに変わりがない、ただの人の欲望。だったら他人も自分も、「キワモノ」の型に押し込めて極端さや過剰さを求める必要はないはずだ。

 私が食事や食べものに性的な興奮をおぼえるように、世の中にはいろいろな性愛のあり方がある。痛い目に遭わされるのが好き。脚が好き。ラテックスが好き。大人数でセックスするのが好き。どんなにおかしく、行きすぎたものに見えても、それが個人の愛や欲望の形であることには変わりがないのだ。だからひとつひとつ大切に扱われていてほしいし、扱えていたらいいなあと思っている。

 私も自分の半端で型に嵌まれない欲望を、あまり自信はないけれどもなるべく肯定してあげたい。食フェチだけど胃弱。そして守備範囲が狭い。格好がつかないし、おもしろくもなんともないけど、これでいいのだ。今日もお腹が痛いので夜はたらこのお茶漬けにしましたけど、魚卵って、お茶漬けってエロいですね。
(餅井アンナ)

餅井アンナ

1993年生まれ。ライター。messyでは家族やジェンダー、生きづらさについての問題を取り上げた文学作品のレビューなどを書いています。食と性のミニコミ誌『食に淫する』制作。

twitter:@shokuniinsuru

http://shokuniinsuru.tumblr.com/

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