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「あこがれのニューヨーカー」たちの現在(女性編)/『ピンヒールははかない』佐久間裕美子(幻冬舎) 

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 この本のタイトルを目にしたとき、まず頭に浮かんだのは「ピンヒールって、パンプスの中でも特にかかとが高くて細ーいやつのことだよね……? はかないと言われても、そもそもはく人のほうが少数派なのでは……?」だった。それを「はかない」とわざわざ言う必要がある、すなわち「はく」のがスタンダードの文化圏に身を置いているひとの話なのだとしたら、自分からは遠すぎるなあ。著者のプロフィールを見れば、慶応からイェール大学という最高レベルに立派な学歴から新聞社の支局、出版社、通信社勤務を経てフリーランスのライターになり、ニューヨークに暮らして20年になるという。うわ、どうみてもタフで優秀な人だ! それにひきかえ自分はなんてダメなんだ……とかそういうネガティヴ思考に陥らない強さを私に!

 そうしておそるおそる手に取ってみた結果。己の人生を省みて胸が痛む部分は当然あるものの、いま現在のアメリカ社会とそこに生きるさまざまな女性たちの横顔を描いた本として、それほどつらい気持ちにはならずに刺激を受け、楽しむことができた。ニューヨークのブルックリンでひとり暮らしをしている著者は、周りの友人や知人、そして自分の経験を、地に足のついた生活者としての実感をもとに綴る。自分のやりたいことをどうやって見極め実現するか。子どもを持つか持たないかの選択。大切な人を失った悲しみを乗り越える方法。女性が直面する人生の課題と対処法のさまざまな事例に、日本と変わらない部分とアメリカらしい部分の両方が浮かびあがる。

 アメリカ生活の中でよく使用される英語表現について、ひとことで日本語に置き換えるのは難しい感覚を要所要所で説明しているのも、生の経験と思考を伝えるにあたって功を奏している。たとえば、「安心」を意味する「セキュリティ(セキュア)」と、逆に自分に自信がないことをあらわして言う「インセキュリティ(インセキュア)」についての以下のような記述。

「だから、必要以上に力まずに、自分という存在にセキュアでありたい。単に日本語に訳すと「自信がある」になってしまうが、ちょっとニュアンスが違う。よくcomfortable in your own skinという言い回しをする。自分の肌の下で心地よくいられる、つまり、自分という存在に、過剰に不安になったり、過剰に自信を持ったりすることなく、等身大でいられるということだと思う」 

 最近はカタカナ語として日本でも耳にする機会の増えた「ミレニアル世代」についての解説も歯切れ良く、「ゆとり世代」と共通するイメージがあることに苦笑してしまう。先行世代が「いまどきの若いもんは」と言いがちなのは、いつの時代でもどの国でも同じだ。逆に、若者に大きな期待をかけて夢をみてしまいがちなのも。

「ミレニアルは1980〜2000年代初頭の間に生まれた世代のことだ。コミュニティ感覚があって、常に楽観的でポジティブ。デジタル感覚に鋭く、政治的にはリベラル。既存のルールにとらわれない。ソーシャルネットワークを使いこなしながら軽やかに社会の階段をあがっていく。自己愛が強く、よくいえば個人主義で、悪くいえば自分勝手、というイメージだ。最近、ニューヨークにいてミレニアルという言葉を耳にするときは、これまでの社会のルールを簡単に無視するというステレオタイプの嘆きのことが多い」

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野中モモ

ライター・翻訳家。著書『デヴィッド・ボウイ 変幻するカルト・スター』(筑摩書房)。訳書『バッド・フェミニスト』ロクサーヌ・ゲイ(亜紀書房)、『つながりっぱなしの日常を生きる』ダナ・ボイド(草思社)、『ガール・ジン 「フェミニズムする」少女たちの参加型メディア』(太田出版)他。

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