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24時間テレビ「感動ポルノ」の主人公は人間ではない? 公式アカウント「病気を言い訳にせず」ツイートに透ける番組の価値観

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24時間テレビ公式ツイッターアカウントより

24時間テレビ公式ツイッターアカウントより

「この後は2歳の時に小児ぜんそくと診断された羽生結弦選手が、病気を言い訳にせず世界のトップで戦い続ける思いをテレビで初告白。さらに、郷ひろみと氷上コラボ!全国の病気を抱える子供たちにエールを送る。是非お見逃しなく! #24時間テレビ40https://twitter.com/24hourTV/status/901406415331278848

 これは82627日にかけて放送された24時間テレビ40「愛は地球を救う」(日本テレビ系)の公式アカウントによるツイートだ。ぜん息を理由に、運動ができないなど、なんらかの活動が制限される人たちがまるで病気を「言い訳」にしているような偏見を流布するツイートであるため、批判が殺到した。なお同番組内で羽生選手が「ぜん息を言い訳にしない」と言ったわけではない。

 82815時半時点で、公式アカウントからは弁明等々、批判への反応は見られない。

 ご存知の通り24時間テレビ「愛は地球を救う」は毎年、障害や難病を持つ人が努力する様子を視聴者に送り届けている。もはやわざわざ言うまでもないことだが、この番組は「なんらかのハンデを抱えた人が困難に立ち向かう話」、いわゆる「感動ポルノ」を制作してきた。

 24時間テレビに対する違和感の表明は古くからあった。近年、障害や難病などを含めた「生きづらさを抱えるすべてのマイノリティー」を取り上げる『バリバラ』(NHK)が、24時間テレビ放送中の裏で、批判的な企画をぶつけることも恒例となっている。「バリバラ」は今年も「障害者が がんばっているの見て 面白いですか?」とテロップをいれるなど、強烈に批判した。

 「障害や難病を言い訳にしている」という意見は、24時間テレビに限らずそこら中で見かけるものだ。だが、なんらかのハンデを持てば人と同じように出来ないことも出てくる。それは言い訳ではない。事実だ。そしてたとえ同じ障害・疾患であっても、人によって症状は異なり、できること、できないこと、人よりも困難なことなどが違う。言い訳にしているかどうかは容易に判断できるようなものじゃない。

 それにもかかわらず、障害や病気を言い訳として使っているように指摘されることが多い。ときには差別の問題に大きな関心を持つ人が、思想の異なる人物を批判するときに、こうした言説を吐くことがある始末だ。だから、24時間テレビを批判し、ただただ溜飲を下げることに終始するのにも違和感を覚えてしまう。

 「みんな何らかの事情を抱えているんだから、努力して乗り越えないといけない」「こんな当たり前のことができないのはおかしい。やろうとしてないだけだ」「なんでこんなこともできない」「ズルしているだけなんじゃないか」……こうした声が頭の中に浮かんだことなど一切ない、と言い切れる人などいないだろう。24時間テレビだけが酷い、と切り捨てられるような話ではない。24時間テレビが放送されていない363日間も、こうした声に苦しめられている人がいて、ときには生死を左右されることだってあることを忘れてはいけない。

 問題のツイートに話を戻そう。「病気を言い訳にせずに」というツイートの裏から透けるのは、ハンデを抱えた人が努力する姿に感動するのは「(“普通”だったら言い訳として使いたくなるほど)大変なのに…」と視聴者が感じるだろうという番組側の思惑だ。つまり番組が求めている主人公は、実際に努力している「人」ではなく、その人の「障害」なんじゃないだろうか。だから毎年、お決まりの、一辺倒な、「感動ポルノ」としてしか描けない。これまで出演してきた人たちには、「障害」などのハンデだけに回収できない、それぞれの物語があったはずだ。それを予定調和的な構成と演出ですませるのは、冒涜ではないか。

 人間は「健常/障害」でわけられるほど単純な存在ではない。番組側は、羽生選手の演技をみて感動するのも、「羽生選手が喘息に苦しめられていたから」というのだろうか。
wezzy編集部)

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