社会

父親が子供の世話をする光景に「気の毒」「ヒソヒソ」「怒り」…それでも「母親の方が適している」はあり得ない

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Photo by David Swait from Flickr

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 男性の育児休業取得率はまだまだ低い(2016年度、“過去最高”の3.16%)ものの、“男性が育児参加”する光景自体は、特段珍しいものではなくなっている。私自身が子育て中の身で、ファミリー世帯が多い地域に住んでいることも関係しているとは思うが、道を歩けば、“パパと子供”の組み合わせとしょっちゅう出会う。父親らしき男性がエルゴ(抱っこ紐)を使って赤ちゃんを抱いていたり、12歳の子を乗せたベビーカーを押していたり、手を繋いでゆっくり歩いていたり。自転車(ママチャリ)の前後に子供を乗せて走っているパパだっている。

 私にとってはごく日常的に出会う普通の光景で、特におかしなことだと意識したこともなかったのだが、それに違和感を覚えたり嘆かわしく思ったりする人も少なからず存在しているそうだ。

父親たちの抱っこ紐。街ゆく人々の目にはどう見えている?男性の子育てをシニア世代はどう見るのか

 上記は、“抱っこ紐着用の父子”の光景に大多数が好意的、との見解を示しながらも、“不快感を示す少数派”の声を紹介する記事である。記事の執筆者によれば、その代表格が70代以降のシニア男性だという。“子育ては女性の役目”という意識で生きてきた世代である彼らは、赤ちゃんを抱いた男性を見ると、「妻に逃げられた夫」あるいは「嫁に頭の上がらない夫」のように映り、自分の身に置き換えて「気の毒」と思うそうだ。

 また、若い世代でも良い感情を抱かない人はいて、たとえば小さな子供の手を引いて歩く男性に対しては素敵だと思うのに、抱っこ紐着用の男性に対しては「う~~~ん、ちょっとねぇ」と“複雑”な心境の女子大生がいるという例をあげているのには、少々驚いてしまう。もちろん個人の価値観だからどうこう言えないが、“抱っこ紐は女性的なアイテム”という認識なのだろうか。

 最後に紹介されているのが、50代女性の声。これがなかなかややこしい話だった。どうやらこちらの記事の執筆者が、日曜の電車で、“抱っこ紐で1歳前後の男児を抱いて座っている30歳前後のイケメン男性”と、彼に対して「あのお父さん、若いのに、えらいわね」「でもさ、やっぱり父親じゃダメね。お母さんだったらあんな抱き方しないはずだもの」とひそひそ話す50代女性2人を見かけたそうで、その時の状況がかなり詳しく記されている。とはいうものの、執筆者は50代女性2人に直接話を聞いたわけではなく、あくまでその場に居合わせた執筆者の個人的見解といったところだ(どうやって女性2人を“50代”と判断したのかも不明)。

 抱っこ紐で男児を抱いていたその男性は、“母親”とは違い、荷物があったりスマホを見ていたりで、左右どちらの手も子供に添えておらず、さらに自分がペットボトル飲料を飲んだ後、男児が飲みたそうな表情をしているのに気づかず、男児に飲み物を与えなかったという。そんな様子を見ていた50代女性2人は、笑いをかみ殺すようにしていた。“熟練した子育て職人”である彼女たちからすると、“発展途上の「男の子育て」”は、イライラ・ハラハラするし、子供に同情するし、おかしさがこみ上げるもののようだ。……執筆者はそのように思ったらしい。

 <母親であれば、どんなに両手がふさがっていても、どちらかの手は子どもに添え、あやすようにしています。対して父親は、両手は他のことをしていて、抱いた子どもには添えられていないことも多いようです。>というが、根拠は示されていない。この時の50代女性の会話でそう判断したのか、それとも元々そういう先入観ありきなのか。私は“母親”だけれど、エルゴで子供を抱いていた時、必要もないのに手を添えたりしていなかったような……そもそも両手がふさがっていたら添えようがない。こういう記事は父親をコキおろし、“母親”をことさらに慈悲深い存在として神格化しているような気がする。子供を連れているときに、父も母もない。

 女性は育児に適した性別であり最初から育児や家事をこなせて当たり前、という思い込みには声を大にして「そんなわけないだろう」と言いたいが、「苦手でも歯を食いしばって女がやれ、甘えるな」と理不尽な要求を押し付けてこないだけ前出記事はマシだった。918日放送予定の『渡る世間は鬼ばかり 3時間スペシャル』(TBS系)の取材会での脚本家・橋田壽賀子氏(92)の発言は、まさに「女がやれ!」そのもので、恐怖におののいた。

 スペシャルでは、“ワンイペ育児に疲れ家出する専業主婦の妻”と“専業主婦が夫に育児を手伝ってもらうのはおかしい、と考える姑”といった、世代の価値観の違いを描くシーンがあるそうだ。これを書いた橋田氏は、取材会で「イクメンなど認めない」と持論を展開している。

「この頃イクメンと称して、ご主人が子供を育てる仲間に入らないと罪悪みたいに言われ、一人で育てると育児ノイローゼになるというお母さんがいる。それに頭がくる。イクメンなんて、認めません。そういう怒りをもって書いています」
「昔は(女性が)一人で子供を67人も育てて、畑仕事もしていた。男の人はちゃんとお仕事をなさればいいと思っています」

 橋田氏が頭にこようと「イクメン認めない」宣言をしようと、ほとんどの人に一切関係がないことだが、「昔は~」を持ち出すからには、この数十年間で女性が獲得してきた人間としての権利など彼女にとってはどうでもいいことなのだろう。そんな脚本家が「女を描き続けてきた」ことに薄ら寒さを覚える。さすが『おしん』で耐える女性を賛美した人だとも言えるが。1970年代(『渡鬼』放送開始よりもっと前)からずっと問題視されていた育児ノイローゼについて、橋田氏は“未熟な母親の甘え”ぐらいに考えているのだろうか。

 また、女性が畑仕事の傍らひとりで67人の子供を育てていた時代というのは、子供を「出来損ないの小さな大人」として軽視するような時代でもあり、大人から子供への暴力(虐待・体罰)が正義としてまかり通り、人が人として尊重されない時代だっただろう。

 少数派であろうとも“男性の育児参加”に対して否定的な声がクローズアップされるとき、育児中の身としては何だかやるせない思いに駆られる。しかし、いざ子連れで街に出てみれば、電車で席を詰めて子供と並んで座れるようにしてくれるシニア男性や、ぐずっている子供に笑いかけてあやしてくれる女子高生など、世代を問わず“子連れに温かい眼差しを向ける人”は決して少なくないのもまた事実だ。過渡期を経て、「どちらの親もごく当たり前に子の世話をする」ことが、どの街でもスタンダードな光景になっていくだろう。嘲笑を浴びても文句を言われても、もう流れを変えることは出来ないはずだ。

中崎亜衣

1987年生まれの未婚シングルマザー。お金はないけどしがらみもないのをいいことに、自由にゆる~く娘と暮らしている。90年代りぼん、邦画、小説、古着、カフェが好き。

@pinkmooncandy

バナナ&ストロベリー

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