連載

20人に1人が体外受精児。もう誰も「試験管ベビー」とは呼ばない。

【この記事のキーワード】
Photo by Zaheer Mohiuddin from Flickr

Photo by Zaheer Mohiuddin from Flickr

 「卵子は老化するから、若いうちに出産しよう」と説く「卵子の老化」キャンペーンの影響で、「卵子凍結保存」が注目されるようになったが、凍結卵子による妊娠確率は低いため、将来の出産に備えての「保険」にはならないと前回書いた。しかし、現実に凍結卵子を用いて無事出産に至った女性も存在する。

 201610月に放送された「老化を止めたい女性たち 広がる卵子凍結の衝撃」(NHK『クローズアップ現代+』)によれば、全国で少なくとも44の医療機関が卵子凍結を行っており、合計で1005人の女性たちが卵子を採取、凍結。すでに85人が卵子を使用し、12人が出産に至っているという。

 番組には、実際に凍結卵子を使用して出産した女性が登場。その女性は看護師として多忙な毎日を送っていた39歳のときに卵子を凍結した。凍結したことで「卵子の老化をストップさせた」と感じ、気持ちが解放されたという。40歳を過ぎてから結婚し、不妊治療をしたが妊娠せず、凍結卵子を使ったところ一度で妊娠した。しかしこの女性は、凍結卵子を使ったことを夫に言い出せず、子どもが2歳になったときに初めて告白。夫は「あなたの卵子であることに変わりはない」「よくやったね」とねぎらってくれたという。

 すでに夫婦そろって体外受精という不妊治療に踏み込んでいるのに、なぜこの女性は凍結卵子を使ったことを2年以上も夫に話せなかったのだろう。夫が言うように、この女性の卵子であることに変わりはなく、そもそも将来妊娠しづらくなったときのために凍結していたのだ。凍結卵子を使うことを夫に反対されることを心配したのだろうか。

 その理由について番組では触れられていなかったが、この女性の中に、まだ一般的とはいえない生殖技術を利用することに対する後ろめたさや、タブー意識のようなものがあったのかもしれない。

 いまや不妊治療の代名詞のような体外受精も、始まった当初はタブー視されていた。

 1978年に、イギリスで世界初となる体外受精児が産まれたとき、メディアはその子どもを「試験管ベビー」と呼び、科学者、政治家、宗教家たちがその是非を論じた。子どもの自宅には、嫌がらせの手紙や、子どもが欲しいのにできない夫婦たちからの「希望を見出した」という手紙がたくさん届いたという(1)。

 日本では1983年に最初の体外受精児が生まれたが、このときも「奇形が出ないという成功率がはっきりしない限り、これは人体実験だ」といった批判が上がった。 「試験管ベビー」という言葉から、卵子と精子を試験管に入れて振り、9カ月経てば卵子の数だけ人間が出来るとでも勘違いしたのか、「労働力の補給のために人間を作ることも可能で、医学の悪用につながる」といった批判もあった(2)。

1 2

田中ひかる

1970年東京生まれ。著書に『月経と犯罪――女性犯罪論の真偽を問う』(批評社)、『「オバサン」はなぜ嫌われるか』(集英社新書)、『生理用品の社会史――タブーから一大ビジネスへ』(ミネルヴァ書房)など。

田中ひかるのウェブサイト

「いいね!」「フォロー」をクリックすると、SNSのタイムラインで最新記事が確認できます。