2000年代前半〜半ばにかけて大ブームを巻き起こし、不況の出版界にミリオンヒットを連発させたケータイ小説。「一過性のブームであり、今は見る影もない」と思われがちなジャンルですが、その見方はいささか乱暴です。「月間15億PVを誇るケータイ小説サイトを「廃れた」と言えるのか」でも書かせていただいた通り、ケータイ小説はまだまだ現役。『恋空』以降も、ケータイ小説界からは多数の書籍が生まれ、若年層を中心に、女性の心をつかんでいます。
その中でも近年ヒットした作品の一つが、国内最大手ケータイ小説サイト「魔法のiらんど」から生まれた『溺愛』シリーズ(KADOKAWA/2015〜)。双子の妹まりかの陰謀で全てを奪われた女子高生、ゆいかをヒロインとした恋愛物語で、シリーズ累計25万部をほこります。今回は、その作者である映画館さんにインタビューを行い、ケータイ小説の「今」について伺いました。『恋空』世代でありながら、ブーム真っ只中の頃はケータイ小説に興味がなかったという映画館さん。今熱心にケータイ小説を読んでいるのは、「出戻り」の人たちではないかと言います。
宮城谷昌光の中国小説から、いきなりネット小説へ。
小池 映画館さんといえば、我々ケータイ小説読みにとっては超メジャー級作家さんで、デビュー作である『溺愛』シリーズは累計25万部を突破しています。これは、読者層の比較的近いネット発ライトノベルや、児童書の各レーベルの人気タイトルと並べても遜色のない数字ですね。でも、メディアからの取材を受けるのはこれが初めてだとか。
映画館 そうです。「魔法のiらんど」サイト内でインタビュー記事を載せてもらったことはありますけど、外部の方から取材されたことはありません。
小池 このインタビューで、一般的なケータイ小説ユーザーとは違った層に映画館さんのことが紹介できそうで嬉しいです。まずは映画館さんの作家活動について質問させてください。ケータイ小説は、いつからお書きになっているんですか?
映画館 最初は読み専(作品を読むだけで、執筆はしないユーザーのこと)だったんですよ。読み始めたのは、産休を取っていた2011年くらいからですね。でも、最初に見るようになったサイトは、「魔法のiらんど」じゃなくて「エブリスタ」(※1)でした。当時持っていた携帯電話にアプリが初期インストールされていて、それがきっかけです。
(※1)DeNAとNTTドコモとの共同出資企業、株式会社エブリスタが提供する、小説やコミックなどの投稿コミュニティサイト
小池 それまでは、携帯やスマホで小説を読む習慣はなかった。
映画館 なかったですねえ。いちおう『恋空』世代ではあるんですけど、自分の好みではないなーと思って敬遠していました。もともと映画やTVドラマの方が好きでしたし。エブリスタにたどり着くまでは、小説は中国史の本くらいしか読んでいなくて……。
小池 えっ、中国史? ですか?
映画館 宮城谷昌光さんの小説が好きなんですよ。あの、ノンフィクションっぽく書かれているけどフィクション、みたいな語り口が。私の小説も、そこは多少影響を受けているかもしれないです。
小池 なるほど……。映画館さんといえば濃厚な恋愛小説の書き手さん、というイメージが強かったので、いきなりの宮城谷昌光に動揺してしまいました。そこからいきなりエブリスタの小説へ、というのは面白いです。
映画館 ネット小説のいいところは、隙間時間にさくっと、そんなに深く考えなくても読めることですよね。特に子育てなんかしていると、そういうものの方が読みやすいです。宮城谷昌光さんの小説なんかは、腰を落ち着けて、じっくり読まないととても頭に入らないじゃないですか(笑)。
小池 それは本当にそうだと思います。でも、エブリスタではお書きにならなかったんですね。
映画館 そうなんです。一通り読んで、すぐ飽きちゃって。それで「エブリスタ」から「野いちご」(※2)へ、そこから「魔法のiらんど」へ、と流れ着いたんですよ。そうしたらここは好みにあって、ハマったんですね。不良もの、ヤクザものをよく読んでいました。でもそのうち、自分好みの作風の話はだいたい読み尽くしちゃって……。じゃあもう自分で自分が好きなタイプの話を書いてみるか、と。それが、書くようになった経緯です。
(※2)スターツ出版株式会社が運営する小説投稿サイト。会員数は2016年1月時点で70万人(公式サイトより)。「魔法のiらんど」の250万人(2017年時点)に次ぐ規模を持つ。
「叩かれ耐性」がないと、テンプレは無視できない。
小池 それで書かれたのが『溺愛』だったわけですね。
WEZZYで初めてこの作品を知った方向けに解説させていただくと、『溺愛』は「双子の妹まりかの罠でレイプされ、彼氏・蓮の裏切り、そして家族からも捨てられた女子高生ゆいか。命を捨てようとしていたところを、奏と名のる闇組織の幹部に救われる(公式サイト紹介文より)」……というお話です。この作品は、「魔法のiらんど」の2014年間総合ランキングで1位を取って書籍化されました。編集部的にも、これは書籍化しないと、という作品だったわけですよね。
「魔法のiらんど」編集者(以下・編集者) そうですね。ぶっちぎりの首位でしたから。お声がけをした段階で、続編数巻分のストックもあったので、トントンと出させていただいた感じです。
小池 私も連載当時リアルタイムで読んでいましたが……「これはえらい作品が出てきたな」と思いました。
映画館 ふふ……。
小池 ケータイ小説において、「双子もの」自体は珍しくはなかったんですよね。双子の姉妹の片方がヒロインで、片方が腹黒キャラ。ヒロインは腹黒な姉妹のせいで不幸な目にあっているんだけど、ヒーローに見初められたことをきっかけに大逆転する。これ自体は一種の「テンプレ」で、ケータイ小説以外の少女向け小説・漫画にも散見される筋です。でも『溺愛』は強烈でした。とにかく、妹まりかの悪っぷりが半端じゃない(笑)。自分の欲望を満たすためなら誰が犯されようが殺されようがへっちゃらという……。一言でいえば極悪非道。
映画館 私、とにかく悪者が好きなんですよ。ヒーローより好きです。
小池 個人的には、『溺愛』以降、まりかのようなぶっとんだ極悪妹キャラが登場する物語が増えたように思います。多分、ユーザーが「ここまでやってもいいのか!」と気づいたんじゃないかと。
映画館 「双子ものは映画館が流行らせた」みたいに言う人はいますね。そんなことないんですけども。
編集者 これは明らかに『溺愛』に影響を受けているな、というお話はたくさん見ましたよ。
小池 なので私は、映画館さんのことを、ケータイ小説界における「悪のパイオニア」だと思っているんです。ずっとお聞きしてみたかったのですが、どうしてああいう、極端な悪役が書けるんでしょう?
映画館 うーんと、単純に私が、叩かれるのが平気なタイプだからじゃないですかね(笑)。
小池 叩かれる、というのは……。
映画館 ケータイ小説って、ユーザーの声がなんというか……パンチ効いてるんですよ。「こんなこと書くな!」とか、「ヒロインが嫌いだからもっとひどい目に合わせて!」とか、とにかく感情的な意見がきやすいんです。ユーザーの年齢層が低いせいでしょうね。テンプレすぎるとパクリだなんだって叩かれるけど、テンプレを大きく外れても「ありえない」と叩かれます。それで大抵の作家さんは、「ここまでやったら叩かれるんじゃないか」とか、「否定されるんじゃないか」とか怖くなっちゃうみたいなんです。だから、飄々と書き続ける忍耐力は必要ですね。叩かれて、連載を途中で終わらせてしまう作家さんはよく見ます。
小池 でも映画館さんは批判が平気だから、投稿を止めることはないと。
映画館 平気ですねえ。何を言われても「へー、盛り上がってるなあ」と思うくらい。2chのスレッドなんかもむしろ積極的に見ます。事実とあまりに違うことが書いてあって面白いねえって、友人の作家と笑ってますね。
小池 うーん、他人の意見に傷つかないメンタルタフネスが必要なわけですね……。そこで、「叩かれない」方向に作品を変えていく人も多いんでしょうね。
映画館 多いと思いますよ。読者の意見に合わせて書いているような作品は、見るとやっぱりわかります。でも、そういう作品ってあんまりパッとしないです。ケータイ小説ってたしかにテンプレな作品ばっかりなんですけど、「こういう作品がウケそう」っていう意識で書いてある作品はそれほどウケないみたいです。
テンプレって、言い換えれば「王道」でしょう。王道をふまえつつどれだけそれを無視できるか、自由に書けるかが大事なポイントだと思うんです。
「出戻り」の多いケータイ小説。4、50代の読者も?
小池 映画館さんは、子育ての合間に小説を書き始めたんですよね。その後、お仕事に復帰されてからはいつ書かれていたんですか?
映画館 職場にスマホ用のキーボードを持って行って、昼休憩に書いてます。食堂みたいなところがあるので、10分で食事をすませて、あとはずっとカタカタと。
小池 映画館さんの仰る通り、読むのにも書くのにもそれほど肩肘張らなくていい、というところがケータイ小説の大きな特色だと思うんです。読み手にも書き手にも、映画館さんのような子育て世代は多いのかなと思うんですが……。
映画館 多いですよ。私の読者さんにも、私と同世代くらいの女性はたくさんいますし。そもそも私の小説が、ケータイ小説にしては読者の年齢層が高いということもあるでしょうけどね。
編集者 ケータイ小説ユーザーの上限年齢自体が、今はだいぶ上がっていますから。サイトでアンケートを取ると、どうしても小・中学生の回答が多くなるのでなかなかリアルな数字は取れないのですが、編集部から見ても20~30代はとても多いですし、上は4、50代の方もいらっしゃいます。
映画館 ツイッターの反応を見ていると、「出戻り」の人が多いような印象を受けますよ。昔ケータイ小説が好きで、一旦離れたんだけど、やっぱりここが一番自分の好みに合ってたな、って戻ってくる。そしてそういう人は愛が深いので、もうなかなか離れないんですね。2chにずっと張り付いてる人たちも、要はそういう愛が激しすぎるタイプだと思います(笑)。
小池 ケータイ小説の世界こそが安住の地だ、と気づく人が少なからずいる。
編集者 小説投稿サイトもかなり増えて、それぞれに特色が確立されていますから。かつては、女性向けならなんでもかんでも「魔法のiらんど」だったのが、今はファンタジーなら「小説家になろう」(※3)、純愛路線だったら「野いちご」、という風に広がるわけですね。好きというか、一旦慣れたらそこにずっといる方が楽だ、という面もあるかもしれません。
(※3)国内最大級の小説投稿サイト。ファンタジーに分類される小説の人気が根強く、『魔法科高校の劣等生』『Re:ゼロから始める異世界生活』など、多数のヒット作を生んでいる。
小池 たしかに、今の「魔法のiらんど」の世界観は独特だから、他のネット小説投稿サイトや、ライトノベルでは代替がきかないところがあるかもしれませんね。小・中学生のときにこの世界観にハマって、そこに帰りたくなる人がいてもまったく不思議ではないです。
ちなみに、小学生のユーザーからの感想ってどんな内容なんですか?
映画館 うーん、「あんな風に愛されたいです」とか。ずいぶんませてますよね……。うちの娘なんかは恋愛への興味ゼロなんですけど。
編集者 ませてるというか、具体的には想像できていないんだと思いますよ。編集部にも「中学生になったら、素敵な不良の人と知り合って恋愛したいです!」なんて手紙が来て「やめときなさい」って思うことがありますが、彼女たちは実際の不良なんて見たことがないんでしょうし。
小池 うーん、やっぱり小学生くらいだと、まだ現実とフィクションの区別がつかない子もいるんですね……。
映画館 実際の不良はだいぶ残念ですからねえ。絶対見ない方がいい。
小池 ケータイ小説の中の不良やヤクザは、ダークな世界に身を置きながらもとにかくカッコいい、ヒロインをがっちり守ってくれるナイト的存在として描かれますからね。映画館さんが『溺愛』シリーズで書いたヒーロー、ヤクザの奏もまさにこのタイプでした。そういうヒーローが、「悪くないヒーロー」よりもむしろ人気なのが、ケータイ小説の特色でもあると思います。次回は、そのあたりについてもっと聞かせてください。
(取材・構成/小池みき)