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人を助けるたびに自分が削られ、相手を振り回す「メサイアコンプレックス」。克服した当事者がその方法をふり返る

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手を差し伸べることがアダになることも。Photo by EmsiProduction from Flickr

「メサイアコンプレックス」ーー人を助けること自分を満たそうとするコンプレックス。メサコンを抱えた私は、「人の役に立たなければ生きていてはいけない」と考え、自分がつらくても人のために行動しなければと自分を削り、でも自分を捨てることができない、そうもがきながら生きてきました。

「メサイアコンプレックス」を知っていますか? 自分を肯定するために人を助け、自分も相手も苦しくなる

 ある日、パートナーであるくまに「君はいつも自分のいない幸せな世界を目指している」「自分が死んで世界が救えるなら喜んで死ぬでしょ?」と聞かれたことがありました。たしかにそのとおりで、私は「自分も周りも幸せな世界」を思い浮かべることができなかったのです。

 メサコンである一方、私は我が強く、自分のしたいことを曲げることができず、またあきらめるのが苦手で、納得のいかないことができませんでした。メサコンを抱えた私にとって、その自我はまわりの望むとおりにできない、人を不幸にするものでした。

当事者、被害者で話し合う

 私の運営する女性グループ、SEX and the LIVE!!で「メサイアコンプレックス・バー」をこれまでに3回開催しました。同グループ4人のうち、私も含む3人がメサコンを抱えています。

 支援関係の活動や仕事をする人、ダメ恋愛をしやすい人、メサコン被害者などさまざまな参加者が集まりました。話をしていくなかでメサコンにもさまざまなパターンがあると感じました。

 なぜ自分がそういう行動を取ってしまうのか、ほかの人はどうしているのか、見つめ直す機会になったと思います。

 この会を「加害者の開き直りの集まり」と批判されたこともありました。関心を持ってもらうために各々がメサコンについて面白おかしくラッピングした自己紹介をしたので、そう捉えられたのかもしれません。しかし、人を傷つけないための配慮は必要ですが、それと同時に「加害性の自覚」もとても大事だと私は思っています。

 被害者意識は共感されやすいけれど、自分の加害性を自覚するのはとても難しいことです。それだけに、このような当事者研究は必要で有意義だと思っています。なにかの問題を見かけたとき「ほんとそういうやつは最低だよね」という人が私は一番怖いのです。加害性を自覚しどうコントロールするのかを考えることはメサコン克服の第一歩です。このコンプレックスを抱えた人がどうやって自身の性質とつき合い、対等なコミュニケーションを取れるようにしていくのか話し合いました。

メサコンは克服できる!

 私は近頃、メサコンを発揮することがかなり減ったことに気づきました。最大の原因は「私は自分のために生きる」「自分を幸せにするために生きる」と覚悟を決めたところにあると思います。

 捨てなければいけないと思っていた、自我こそが本当は私が削れて壊れないように守っていたのです。自分のために生きるとは、自分の行動の責任を最終的に自分に帰結させることです。結婚で苦しみ、パートナーと話し合い決断する必要があったことや、投薬なしでの治療で始めた自分を大事にする心の筋トレの成果が出てきたことによる影響でしょう。

 またSEX and the LIVE!!のメンバーで、友人でもあるきのコさんに「彼がいい人なのと、卜沢さんがつらいのは関係ない」とくり返し言ってもらったことも大きかったです。

「いい人である」ことと「一緒にいてつらい」ことは別で、切り分けて考えていいのです。いい人である相手が望んでいるからといって、一緒にいなければいけないわけではないのです。相手といることがつらいから、あるいはそのつらさから一旦離れようとしているからといって、相手や自分を過度に否定する必要はありません。

 人間はたくさんのパーソナリティを持っています。やさしい行動をする面も、人を傷つける行動をする面も同時に存在し得るのです。「彼のことは好きだけど、この行動は嫌だ」は、なんら矛盾していません。それをコミュニケーションで解決できることもありますが、話し合っても平行線になることもあります。そんな場合は、一旦時間や距離をおけばうまくいくこともありますし、今後はあまり関わらないよう距離を模索したほうが楽なこともあります。縁をすっぱり切ったほうがいいこともあります。

 私は親しくしている人に嫌われた場合は「自分の気持ちを伝えたうえで離れて、またいつか一緒にいられる日を待つ」という選択をすることが多かったのですが、そうすることで数年後また仲よくなれた人もいました。それを自分が辛いときに応用してもいいと気づいたのです。

 そうして私は2年くらいかけて、尊重されていないと感じる人やつらい人間関係、特に依存のある人と離れる選択を何度もしてきました。そうすると、そこに割かれていた時間を自分の話したい人と過ごす時間や、趣味、仕事に割くことができ、そこで楽しい時間を過ごしたり、自信をつけたりすることができるようになりました。どんどん心が軽くなっていくのを感じています。

 メサコン真っ只中のときは空き時間があると「あぁ、◯◯に電話しないと落ち込んでまた病んだメッセージが来るな……」と考えていました。義務感になっていたのだなと、いまではわかります。やはり自分が一緒にいたいと思えるような状態でなければ、その人とは幸せにはなれないと実感しています。

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卜沢彩子

1987年生まれ。子どもの頃からの度重なる性被害経験を、2009年から実名・顔出しでサバイバーとして発信。個人やNPOで支援・啓蒙活動をつづけている。2016年に複雑化した社会問題を解決するためにA-live connectを開業。恋愛・性をはじめとした人間関係やコミュニケーションに関する相談や講演活動、記事執筆、SEX and the LIVE!!プロジェクトの運営など場作りを行っている。英才教育を受けたオタク。和柄とねこが好き。

twitter:@ayakourasawa

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メロスのようには走らない。~女の友情論~