社会

ダイバーシティは「取り戻す」もの 差別の歴史の中で生み出された”性的指向”と”性的嗜好”の違い

【この記事のキーワード】

ダイバーシティー(多様性)は取り組むのではなく、取り戻すもの

 昨今の行政・企業の LGBT 施策では、ことさら「ダイバーシティー」という言葉が掲げられる。それは「先進的な行政や企業が取り組み始めているもの」であり、目指すべき社会のあり方として啓蒙される概念である。しかしここには、抜け落ちている視点がある。

 それは、ノーマティビティー(規範性)とマージナライゼーション(周縁化)である。ダイバーシティーを掲げる人々には、ぜひこれらの概念も知ってほしい。前者は「正しい性愛のあり方」「正しい女性のあり方」「正しい男性のあり方」などを決める価値観が社会全体に一定の強制力を持って存在している状態を指す。後者は、そのノーマティビティーによって「正しくない」とされるものを社会的に不利な立場に置く力のことだ。翻って言えば、このマージナライゼーションが脅しになって、ノーマティビティーに一定の強制力を与えている。

ダイバーシティは「取り戻す」もの 差別の歴史の中で生み出された性的指向と性的嗜好の違いの画像2

 ゲイル・ルービンという文化人類学者が Thinking Sex: Notes for a Radical Theory of the Politics of Sexuality (1984) で示したこの図は、性のヒエラルキー(序列)を表している。ここでは、現代社会で何が正しい性愛のあり方だと思われているか、それがどう中心と周縁という位置関係に配置されているかが示されている。

 もともと画質が悪く読みづらいが、「良い、ノーマルな、自然な、祝福された性」として異性間であること、婚姻関係の内部であること、モノアモリー(一人の人を愛する)であること、妊娠出産につながり得ること、商売でないこと、ペアで行われること、恋愛関係を伴うこと、同世代間であること、プライベートな空間で行われること、ポルノを利用しないこと、身体のみで交わされること、SM的要素がないことが中心に配置されている。

 一方で、それに当てはまらないもの――同性間であること、婚姻関係の外部であることなど――は、「悪い、アブノーマルな、不自然な、忌まわしい性」として図の周縁に配置されている。つまり、性的指向も性的嗜好も、「良い、ノーマルな、自然な、祝福された性」を中心とする配置図において序列化され、非難や差別、抑圧、迫害の指針となってきたことがわかる。

 本来ぐちゃぐちゃで、誰一人として同じ欲望を持つ人なんていやしないのだ。一人の人間を取り上げてみても、その人が10年後に今と同じ欲望を持っているかなんてわからない。それを私たちは無理矢理カテゴリー化して、序列化している。特に同性愛に関しては、人の特性/属性として、あたかも別種の人類であるかのように扱われ、抑圧されてきた。

 そのカテゴリーを前提として「ダイバーシティー」を唱えるなら、それは単なる図鑑作りにしかならない。ダイバーシティーは初めから存在していたのだ。ぐちゃぐちゃな姿で。それを見えなくしているのがノーマティビティーとマージナライゼーションである。

 私たちはダイバーシティーに「取り組む」(図鑑作りに励む)だけではなく、ダイバーシティーを「取り戻す」(ノーマティビティーとマージナライゼーションに抵抗する)必要があるのではないか。それは、一度「太陽が動いているから」を経由するのではなく、初めから地球の自転について教えたり、太陽系ごと太陽が動いていることを教える試みだ。

 地球の自転から教えたって、太陽系の大きな動きから教えたって、私たちが宇宙について何かを学んでいることには変わりない。「太陽が動いている」から始めることが本当に全員にとって理解しやすい順序なのかすら分からない。だったら性に関しても、「性的指向と性的嗜好は違います」から始まらない説明だっていいし、もっと言えば「性的指向という概念の誕生と、それによる差別の歴史」から始まる説明だっていいはずだ。

 そうして複数の体系だった教え方を作っていくにあたり必要となるのは、当事者含め LGBT について教えようとする側が、教わる側の理解力を過小評価しないことだろう。LGBT 当事者であるかないかに関係なく、性は多様である。逆に言えば、LGBT であるからといって複雑な人間の性愛について特別深い理解をしているとは限らない。さらに、差別を受ける経験は性に限らず民族差別や障害者差別、性差別など多岐にわたる。LGBT に関して教えてもらいたいと思っている人はどうせ何も分からないだろうと決めつけるのは傲慢であるし、むしろ私たち人間の多様性を無視することになるだろう。

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マサキチトセ

評論家(クィア理論・フェミニズム・社会運動論)。LG(B)T。関心は貧困、セックスワーク、刑務所制度、LGBT運動。YouTubeでマイノリティフレンドリーな『クィア英会話』っていうチャンネルやってます。

ブログ:包帯のような嘘

YouTube:クィア英会話《マサキ》-Masaki

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