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痴漢冤罪を知らしめた映画『それでもボクはやってない』が伝えたかったことは

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それでもボクはやってない

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 今春、電車内で痴漢を疑われた男性が線路に飛び降り逃走する事案が頻発した。このうち一件は実際に迷惑防止条例違反で逮捕起訴されており、すでにwezzyでも報じた通りである。またもう一件、逃走後に電車にはねられ死亡した男性が女性に液体をかけた暴行罪で死亡後に書類送検されたこともつい最近報じられた。

 これらの飛び降り逃走事案は、最近までワイドショーやネットニュースを騒がせ、またその際に「痴漢被害」ではなく「痴漢冤罪」の恐ろしさについてもセットで報じられる現象が巻き起こった。『痴漢』とくれば冤罪が怖いという連想が、「とりあえず」といえば「ビール」のごとく浸透していたということである。ここまで「痴漢といえば冤罪」という認識……いやむしろ恐怖を広めたのは、2007年に公開された周防正行監督の映画『それでもボクはやってない』の影響が小さくはないのではないか。このたび「痴漢といえば冤罪」の根元に迫るべく、改めてこの映画を見直してみた。

 就活中のフリーター・鉄平は、面接のために乗った満員電車で女子中学生に痴漢と間違えられて逮捕されてしまう。当番弁護士は示談を進めるが鉄平はこれを突っぱね、自身の無実を証明するために裁判に挑む……というストーリーである。周防監督が「どうしても作りたかった」という本作は、前作『Shall we ダンス?』公開後に地道な調査を重ね制作された。

※以下、映画『それでもボクはやってない』のネタバレを含みます。

映画が伝えたかったことは「痴漢冤罪に気をつけろ」ではない

 この日、鉄平は大事な面接のために普段は乗らない通勤ラッシュの時間帯の電車に乗っていた。加えて履歴書をちゃんと持ってきていたか不安になり、目的地とは異なる駅で一旦電車を降り、リュックの中を確認して再びぎゅうぎゅうに混み合う電車に乗り込んだ。そのとき、ドアにスーツの生地を挟まれてしまい、ごそごそと引っ張っているうちに、右側に立つ女性が振り返って鉄平を見た。会釈して「すみません」と謝る鉄平。その後もスーツを引っ張っているうちに、女子中学生が「やめてください」と声をあげた。また会釈する鉄平。そして電車を降りてからその女子中学生に痴漢だと言われ、駅員らに駅事務所に連れて行かれる……ここから鉄平の地獄が始まる。

 警察署に着くなり刑事に「一体何が面白い!! いつもこんなことやってんのか」と大声で怒鳴られ、完全に“犯人”扱いされて面食らう鉄平。「女が言ってんだよ、お前にやられましたってな」と、続けてぶつける。こうした非人道的な取り調べを受け、当番弁護士には「示談で済むものを裁判やってもしょうがない。認めて示談にすれば明日か明後日はここを出られる」と、勧められる。だが鉄平はこれに応じず戦う姿勢を示したため、釈放されることなく取り調べは続いた。

 留置場に入る際は着るものをパンツ以外全部脱いで身体検査をされ、食事は同房の人間と一緒に、床にビニールを敷いてそこに食器を並べて食べる。検察庁での取り調べのために移送される際は、他の被疑者と一緒に手錠をはめられ、狭い待合室の中に仕切り程度のバーしかついていないトイレで用を足す。検察官調べでも否認を貫けば検察官に「いつまでも否認してただですむと思うなよ、絶対に落としてやるからな」と怒鳴られる。さらに裁判所における勾留質問でも否認の意思を示したことで10日間の勾留が決定する。

 痴漢容疑をかけられて否認を貫けばいかに恐ろしい事が待っているかという描写がこれでもかと続く、気の重い作品である。だが本作が訴えているのは「痴漢冤罪の恐ろしさ」ではない。当時の日本における行政や司法に対する問題提起……つまり被疑者取り調べや、刑事裁判がいかに人権を無視したものであるか、だ。

 説明するまでもないが、被疑者、被告人という立場は、有罪か無罪かがまだ決まっていない。それなのに、もう犯罪者であるかのごとく、こんなに非人道的な扱いを受けていいのか? 監督は全編にわたり、これを訴えている。

 もうひとつ監督が訴えたかったことは、日本の刑事裁判がいかに検察寄りで自白偏重主義に陥り続けているかということだろう。本作では警察官、検察官、裁判官、いずれも悪役のごとくに描かれている。警察官は被疑者段階でも人権を無視した扱いを平気でするものだ、検察官は有罪立証のために不利な証拠は隠す、裁判官は検察を忖度し、逮捕直後に自白した調書を何よりも重要視する……。そんな姿が描かれている。当初、鉄平の裁判は、無罪を連発していた裁判官が担当していたが、突如異動となってしまうことで、風向きも変わってしまい、バッドエンディングを迎えるのである。

 監督は作品を観る人たちに、司法について身近な問題として捉えてもらうために電車内の痴漢を題材にしたのかもしれない。だがこれは「無実の男性から見た痴漢裁判」を題材として、そこから見える行政や司法に対する問題を炙り出しているため、被害を訴えた女子中学生は「嘘をついている」立場として描かれる。彼女は公判で証人出廷するが、供述が変遷する。この描写がかなり含みをもたせているため、嘘をついているのか、勘違いなのか、判然としない様子に映る。女子中学生の勘違いなのか、別に真犯人がいるのか、そのどちらかだろうが、不可解に供述を変遷させるさまは、証人出廷に備え、警察や検察と事前に口裏合わせをしたのではないかという疑いを多分に感じさせる。いずれにしても本作で女子中学生は無実の男性を追い詰める悪役である。ここに『痴漢といえばでっち上げで冤罪』、『女は怖い』の刷り込みを生んだ元凶を見た。

 一方、これを女子中学生側から見た場合はどうか。「痴漢被害者から見た痴漢裁判」として見れば、「決死の覚悟で捕まえた痴漢が法廷で嘘をついている」であろう。だがそちら側は一切描かれない。これは「無実の男性から見た痴漢裁判」だからだ。「無実の男性から見た痴漢」からの視点で描かれているが、痴漢という犯罪においては「本当に痴漢の被害に遭った女性」も確かに存在するのだが、そのことを忘れさせてしまう構成になってしまっている。

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高橋ユキ

傍聴人・フリーライター。2005年に傍聴仲間と「霞っ子クラブ」を結成(現在は解散)。著作に「木嶋佳苗 危険な愛の奥義」(高橋ユキ/徳間書店)など。好きな食べ物は氷。

twitter:@tk84yuki

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