社会

ひとり歩きする「LGBT」という言葉 記号としての人間はいないことを認識してほしい

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「私と同じならGだよ」

 この漫画本には「見えない子どもたち」「虹色レボリューション~見えない子どもたちvol.2~」「見えない子どもたちvol3Over the Rainbow~」という3つの作品が収録されている(初出はすべて『フォアミセス』秋田書店)。それぞれ、トランスジェンダーの子どもたちが登場し、子どもたちや親の葛藤、理解を示さない周囲との苦悩が描かれている。最終的には、子どもや理解者らの努力によって、徐々に周囲の人間も理解を示していく、という構成が基本となっている。

 作品は「LGBT」への偏見や差別を解消し、正しい理解を促していく、いわゆる学習漫画のジャンルに当てはまるものだろう。そうした狙いに異存はない。どこかご都合主義的な話の展開も、学習漫画であるのだからことさらに批判したくなるようなものではない。問題は、肝心の「LGBT」描写だ。

 例えばこんなシーンがある。

 小学生の男の子が同級生に「気持ち悪い」「ヘンタイ」といじめられている。主人公のトワ(トランスジェンダー)が助けに行くと、いじめられていた男の子は「僕は頭がおかしいから仕方ない」「好きになる子 みんな男の子なんだ」と話す。それをきいたトワは、LGBTの子どもたちがよく遊びにくる自分の家に男の子を誘う。すると子どもたちが男の子にこう言う。

「あなたもLGBT? それともアライ?」

「私と同じならLBGTGだよ。私は女の子だからビアンとも言うの」

「ぼくはトワと同じT

 このリアリティのなさはなんだろう。まるでGという人間や、Tという人間がいるかのように思わせるセリフだ。「LGBT男性」ならぬ「G人間」「T人間」という表記がおかしいことはもはや説明不要だろう。このような話し方をする人が(しかも子ども)、多数だとは到底思えない。

 あるいはこんなセリフもあった。就職活動をやめて小学校の先生を目指すことを決めたトワと、友人・みず穂との会話だ。

「(応援するからね、というみず穂に)みず穂は頼もしいアライだね」

「違うよ! 私は筋金入りのトワのアライだからね!」

 友人同士の会話で、友人を応援する際に、「アライ」という言葉をわざわざ使わないはずだ。「友達だからね」で事足りる。それとも「(トランスジェンダーのトワだから)応援する」という意味で「アライ」を使ったのかもしれない。それならそれでやはり、学習漫画としての出来がいいとは言えない。トワはトランスジェンダーだから、ということは関係なしに応援してほしいと思うんじゃないだろうか。

 なおもう一点付け加えると、漫画の中で「性自認と性的志向は違う」というセリフがあったが、正しくは「性的指向」だろう。

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