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母親の自己犠牲ありきで家庭を回さない――男も女も「まず自分を大切にする」こと

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Photo by Donnie Ray Jones from Flickr

 「育休手帳」をご存じだろうか。今年3月、経営コンサルタント業などを手掛ける株式会社ワークシフト研究所(201512月設立/代表取締役社長 小早川優子氏)が3000人の育休者と接した経験を基に制作したという、育児休業中の女性向けのスケジュール帳である。同研究所は、育休中の人が復職後に備える勉強会「育休プチMBA」を開催するなど、子育てをしながら仕事をする人材のキャリア支援に積極的であることが窺える。

 同研究所公式サイトによると、育休手帳は同研究所が3000人の育休者と接した経験を基に制作し、20173月「育休手帳2017」として初めて発売された。201711月現在は既に来年用として「育休手帳2018」が発売中であり、こちらは2017年用を大幅にバージョンアップし約32ページ増量したとのことだ。

 具体的にどのような特徴を持った手帳であるかというと、開きやすく書きこみやすくビニールカバー付き(子供がミルクや飲み物をこぼしても、大丈夫!)という使い勝手の良い仕様……これだけなら、LOFTや東急ハンズにも、いや100円均一ショップにもありそうな気がする。それら基本的な機能性に加えて、「女性が苦しむ性別役割意識から解放するためのメッセージ」「業務経験を成長に繋げるための振り返りシート」「こどもの成長を見据えながらキャリアやお金のプランを考えるページ」「仕事と家庭の予定を一覧できるウィークリースケジュール」などといった“両立に必要な情報”が詰め込まれ、TODOリストなど書き込める箇所も多く、時短レシピまで載っているそうだ。

 私は育休取得者ではなく、バリバリ会社で働いて育児と仕事を両立するキャリアウーマンでもないため、同手帳のターゲットからは外れる存在だろうが、概要を見て気付かされたことがある。「ママ」と「わたし」が別の人間にならざるを得ない、ということだ。

 「育休手帳2018」の1ページ目には、「約束」と題し「わたしは、この手帳を使う時、『わたし』を大切に考え、『わたし』を優先することを誓います。 DATE__」と、手帳を使う人(=育休中、復帰後の女性)の署名欄が用意されている。かつて中央大学の山田昌弘教授と共に「婚活」という言葉を提唱したことで知られる相模女子大学客員教授の白河桃子氏は、Facebook上で「育休手帳2018」を紹介し、件の「約束」のページについては「学生に見せて将来こんなふうに両立できるんだよと言っています。 働いても、お母さんになっても、自分は大切にできるんだよと、多くの生徒に伝えています」と発信している。

 「ママ」になると、「わたし」を優先できなくなる。大切に考えられなくなる。「わたし」よりもずっと大事で最優先にすべき「子供」という存在が誕生するから。この社会において自明視されていることだ。育休手帳は、「ママ」になった働く女性に「それでも自分を大切にしていいんだよ」と伝える。組織に所属しているからといって、ママになったからといって「自己犠牲」を当たり前だと思わなくていいんだよ、と。

 「自分を大切にすること」は、人が生きていくうえで大前提の心がけであると思う。かといって「大切にする」とは具体的にどういう行動を意味するのか、わからなくなることも多い。親を含め他人から大切に扱われた経験のない人は特に、そうだろう。学校や職場などの社会では、「自分を大切にすること」が「利己的」「ワガママ」「協調性に欠ける」ように映ったりもする。

 そして「ママ」ともなると、自分のことは二の次、三の次にして、我が子に愛情を注ぐことが美徳とされる。著名人が「うちの母親は身を粉にして働き、子供たちを育ててくれた」と感謝を述べれば、感動が日本中に伝わる。もちろん働かず子育てもせず我が子を路頭に迷わせたり虐待(ネグレクト)したり、教育に完全ノータッチで無関心な親もいることを思えば、献身的な母親の姿は賞賛に値するものであるが、それが最上級であり目指すべき理想ということではないはず。母親の自己犠牲ありきで家庭が回っていたということは、本来であれば他の家族が協力して支えあうべきだったり、社会福祉が機能すべき場面だったりしたのではないか。

 仕事と育児の両立を「子供がかわいそう」のキラーワードでなじる人は未だにいるし、一方で職場では迷惑な半端者扱いを受けることもあるのだから、当事者は引き裂かれる。真面目であろうとすればするほど、「仕事」と「育児」で「私」は置き去りにせざるを得なくなる。しかも、「仕事」の場では、「育児」が私領域のものと見なされており、逆に「育児」の場では、「仕事」は「私が好きでやっている」と見られる板ばさみがあるのだから心痛は大きいのだ。だから、育休中や復職後の女性に対して、わざわざ「自分を大切にする」と啓蒙する必要がある、と同研究所は見据えているのである。

 いきいきと働くにも、子供と向き合うにも、「自分を大切にする」時間や心の余裕は必要なものだ。にもかかわらず、女性だけでなく男性にとっても「自分を大切にすること」は当たり前ではなくなっているように思える。むしろ自分よりも周囲の人(家族や仕事関係者や友達)を大切にすることが“人として当たり前”で、先述したように、自分の意志や体を守ろうとすると即ち自己中心的、利己的、自分のことしか考えていない……と批判に晒されることがある。

 1987年生まれの自分が受けてきた義務教育を振り返っても、集団に適応すること(列を乱さない、協調性を持つ、人に嫌われない、友達を大切にする、など)が重要視される一方、「自分を大切にすること」は男女問わず上辺程度にしか扱われていなかったように思う。近年ようやくその在り方が問題視されるようになった部活動もその一端を担っており、身体の不調や怪我があるにもかかわらず練習や大会に出ることを「偉い」と褒められ、欠席・見学・辞退は「甘え」と叱咤される傾向があった。私は「熱を測るのは大会が終わってからにしろ」と部活動顧問に注意された経験がある。学校には、自己犠牲を当然のように求められる空気が蔓延していた。むしろ「自己犠牲は当たり前ではないこと」「自分を大切にすること」を、子供の頃の段階で性別を問わず周知していくべきだったのではないかと、今は思う。そして自分の子供には、そのことをきちんと伝えていきたい。私自身、今は「自分を大切にする」前提で、働き、育て、生活している。

 そういう意味で、ワークシフト研究所の育休手帳が、子供を産んだタイミングの女性が「自己犠牲は当たり前ではないこと」「自分を大切にすること」について今一度考えるきっかけになり、ひいてはその配偶者や会社、社会に波及していけば何より素晴らしいことだろう。

中崎亜衣

1987年生まれの未婚シングルマザー。お金はないけどしがらみもないのをいいことに、自由にゆる~く娘と暮らしている。90年代りぼん、邦画、小説、古着、カフェが好き。

@pinkmooncandy

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