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「同性パートナー」に対する日本人のメンタリティーとは? 果たして「議論の必要性」があるのかという問題

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竹下亘公式サイトより

 先日、自民党の竹下亘総務会長が、当支部パーティーで「(宮中晩餐会に招く国賓の)パートナーが同性だった場合、出席は反対。日本の伝統に合わない」という主旨の差別的な発言をしたことをwezzyで取り上げた。

「同性パートナーの宮中晩餐会出席に反対」する日本の“伝統”と、同性愛を公表する世界中の政治家たち

 当該記事では、竹下氏の発言は、事実婚カップルおよび同性愛者への差別的発言であるだけでなく、各国で同性愛者であることを公表している政治家が増えている中で行われた時代錯誤な政治的・外交的問題発言ではないか、と批判を行った。

 その上で、今年10月に行われた衆院選にて、自民党は「性的指向・性自認に関する広く正しい理解の増進を目的とした議員立法の制定を目指すとともに、各省庁が連携して取り組むべき施策を推進し、多様性を受け入れていく社会の実現を図ります」と公約を掲げていることを指摘。党の方向性とも立場が異なる発言であり、自民党は自らの姿勢を示すべきだとした。

 その竹下氏が24日、自民党島根県連の会合後にメディアの取材に答え、「言うべきではなかった。こんな議論を起こすべきではないと叱られた」「そうかな、と反省している」「いずれ議論しなきゃならん時期は来るだろう」と話したことが各社に報道されている。竹下氏は「私の周辺にも、同性パートナーを持っている人はいる。ただ、皇室を考えた場合、日本人のメンタリティーとしてどうかなという思いがあった」とも釈明していたそうだ。

 竹下氏は「いずれ議論しなければいけない時期はくる」と述べている。しかし宮中晩餐会に招く国賓のパートナーを招待する以上、パートナーが異性であろうが同性であろうが、婚姻関係にあろうがなかろうが、そこに差をつけるのはふさわしくない。国賓は「外国の元首又はこれに準ずる者を招へいする場合には、これを国賓として接遇することができるものとし、国賓として接遇することについては、外務大臣が宮内庁長官と連絡の上、その請議により閣議において決定する」と決められている。つまり国賓のパートナーが、同性であるか異性であるかを理由に差を設けた場合は、政府が差別したことになる。議論の余地はない。

 また「私の周辺にも、同性パートナーを持っている人はいる」という発言は典型的な「I have black friends」論法だ。

 「I have black friends」とは、「私には黒人の友だちがいる。だから差別意識なんてない」として、自身の差別を正当化する論法だ。しかし、たとえ身近に同性パートナーがいたとしても、それは、その人の中に差別意識や偏見がないということを担保するものではない。むしろたとえ身近に親しい被差別者がいたとしても、差別や偏見が完全になくならないというのが差別問題の難しさだ。こうした発言を安易にしてしまう時点で、竹下氏の問題意識の程度をうかがい知ることが出来るだろう。

 もう一点付け加えるならば、「皇室を考えた場合、日本人のメンタリティーとしてどうかなという思いがあった」と、言い訳に皇室を利用しているのも問題なのではないだろうか。

 パートナーシップ制度や同性婚の合法化に向けた世界の流れに逆行する竹下氏の発言は、今後、宮中晩餐会における国賓のパートナーにどのような閣議決定を下されるのか、注目を集めるきっかけとなった。菅義偉官房長官は「政治家個人の見解を述べたものだ」と発言しているようだが、自民党、そして政府の見解が気になるところだ。
wezzy編集部)

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