そして彼女は「そういうことをするのが平気になりたい」と思って、みずからヤリマンになろうとするのです。サチ自体に病んだ空気は感じませんし、育ったのは機能不全家族ではないのですが、広い意味で、前回の記事で採り上げた「メンヘラビッチ」だと思います。
サチが経験していたのは同意のない性行為であり、セックスではなく性暴力です。サチがヤリマンになったのは、性暴力を平気だと思うために自分の中でのセックスへの価値を低くしようとしたがゆえです。
傷つくことができない人は、自身に起こった事実の意味を自分でも理解していないので事情をうまく説明することもできません。そうすると誤解を招き、悪いほうへ立場が追い込まれやすいのです。サークルクラッシャーといわれる現象においても、実はこのような性暴力が起きていることがあります。
伝説のヤリマン、つうさん
彼女が弟子入りする「伝説のヤリマン」のつうさんは、とても個性的なキャラクターです。後に別作品に登場してそのバッググラウンドが描かれるのですが、本作での彼女は謎が多い、経験人数が3ケタの女性として描かれています。独特の感性があるようで、ぼーっとしてあまり笑いません。しかし少なくとも彼女はセックスで削られてはいません。石田拓実作品にはこのような性に対するハードルが低いキャラクターがよく出てきます。後の作品群で「セックスってものすごく意味があるけど、全然意味ない」という趣旨の発言がいくつか出てきますが、それが作者の根底にある価値観なのでしょう。
サチはつうさんから当たり前のように生理周期と排卵日を聞かれます。答えられないと「自分の排卵日も知んないメスが交尾したいとかゆってんだー? ふざけてるねぇ?」と辛辣な言葉が返ってきます。つうさんはセックスの意味や重みを彼女なりに持っているのです。
痛がり方を知らない女の子
そして、ヤリマンになりたいと思った事情を笑いながら話すサチに「あんまりバカすぎて、ちゃんとしたいたがり方もわからないんだねぇ?」と言い、その後何度も宿題を出します。サチはわかっていませんが、つうさんはサチに自分の痛みや気持ちに向き合うことを教えていくのです。
最初の宿題は「排卵日と生理周期」を知ること、そして、その後は「自分がやりたいなと思う人とやってくること」でした。宿題をこなす過程で恋をして波乱があり、そのなかで少し成長したサチ。自分の傷つきや気持ちに素直になることや、相手とコミュニケーションを取ることを覚えていきます。
そして舞台は現代に戻り、探していたものが何か知り、彼女がずっと終わらせることができずに囚われていた“かずやくん”との日々に折り合いをつけていきます。サチの「探していたもの」はセックスで得られるものではありません。この物語は痛がり方を知らない女の子が、自分の気持ちに向き合っていく物語なのです。