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妄想食堂「冷めたごはんを許せなかった私が、イエモンの再結成を喜べるようになった理由」

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(c)飯塚めり

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 ごはんが冷めるのが許せない。とくに自分が人のために作ったごはんが冷えていくことが。

 家族以外の人と毎日食卓を囲むようになって、もう4年ほど経つ。同居している彼氏と付き合い始めた当初、私はとにかく精神が不安定で、ものすごく愛情に飢えていた。彼との生活の中で、とくに気持ちのバランスを崩しやすかったのがセックスと食事の場面だったと思う。

 私はよく彼に手料理を食べさせていた。一人暮らしのキッチンは狭く、コンロも一口しかない。手の込んだものは作れなかったけど、できるだけ品数を揃えて食卓が寂しくないようにしていた。一汁一菜で済ませるのが、なんとなく悪いことのような気がしていたのだ。料理をすることに対して妙なプレッシャーがあったのだと思う。

 そして私は、なぜか“料理が冷めること”に対して異常な恐怖を抱いていた。インスタントスープの素に熱いお湯を注ぎ、前日に煮炊きしたおかずをレンジにかけ、炊飯器から米をよそい、コンロの上のフライパンから炒め物を盛り付ける。冷たいものは最後。水気が多くて冷めにくいものから並べていくことにこだわっていた。準備を手伝ってくれた彼氏がちょっとでも順序を乱したり、支度に手間取って料理が冷めたりなんかすると、途端に不機嫌になる。あれはほとんど神経症に近い感じだったと思う。

 本当は、ごはんが冷めることなんて大した問題じゃない。冷めていてもおいしくなくても、機嫌よく一緒に食べられることが一番なのだということははっきりとわかっていた。だけどやめられない。自分ひとりで食べるぶんにはそれほど気にならないのに、彼氏に作った料理が冷めるのはとても怖いのだ。なぜこんなにも、温かい食事を食べさせることに執着してしまうんだろう。自分でもよくわからなかった。

 私はTHE YELLOW MONKEYのボーカル・吉井和哉がとても好きだ。幼少期の境遇が自分と似ていて、そのトラウマをメラメラと燃やしているところに惹かれてしまう。彼は5歳のときに父親を事故で亡くしている。それ以来母親は息子に対する態度を厳しくし、まだ小さかった彼は、甘える対象としての母を喪ってしまった。私の父親も同じくらいの時期に亡くなっているし、母親も子どもを子ども扱いしてくれない人だった。幼いころに植え付けられた喪失感は痛いほどわかる。

 だから吉井和哉の自伝『失われた愛を求めて』(ロッキングオン)を読んでいて、「冷めてる料理を食べるのが、すごく嫌だった」というくだりを目にしたときには心臓を掴まれたような気がした。父が死んでからは、母親がホステスの仕事で家計を支えていたため、夕飯はつねに冷たい作り置きをひとりで食べていた。それがいまだにトラウマで、店なんかで冷えた料理が出てくるとはらわたが煮えくりかえりそうになる——これだ、と思った。

 厳しい家庭環境だったのかと言われればそれほどではないような気がするが、私の母親は子どもを甘やかしてくれる人ではなかった。妙に潔癖なところがあって、人間の汚さや弱さを受け入れられない。子どものわがままを、わがままとして聞いてくれることもほとんどなかった気がする。「こうしなければ」という感覚に縛られがちな人で、私はずっと「この人は私のことを条件付きでしか愛してくれないんじゃないか」と思っていたのだった。

 そんな母親が自分を珍しく「甘やかして」くれていると実感できるのが、ほかならぬ食事の場面だった。揚げたてのみちみち音を立てるフライや、鍋の中でふつふつしている煮物。「熱々が一番おいしいから」と言って、作りたてのおかずをつまみ食いさせてくれる。このときだけは母親から無条件に何かを許されている感じがした。私はそれがすごく嬉しかったのだと思う。だから執着してしまった。記憶に焼き付いた愛情の形を必死に再現しようとしていたのかもしれない。やたらと品数を多く作ってしまうのも、母親がそうだったからだ。

 バンドマンが年をとっていくのを追いかけている人にならわかってもらえると思うけれど、あの人たちは年々平和なおっさんになっていく。若いときは目がギラギラしてて、体型も不健康そうで、書く歌詞も死にそうに暗くて荒っぽくて、いろんな欲がドロドロに煮えたぎっていた。なのに年をとるにつれて、どんどん角が削れて穏やかに、つまらなくなっていく。端々から「人生捨てたもんじゃない」的な雰囲気が出始める。「ありがとう」を晴れ晴れとした顔で言えるようになったら末期症状だ。

 温かいごはんに執着していたころの自分は、年々健康になっていくおっさんたちが許せなかった。どうしようもなく裏切られた気持ちになって苦しかった。だけどよくよく考えたら、自分だってちょっとずつ平和になっている。まだまだ苦しい時期は抜けないけれど、それでもちょっとずつ許せることが増えてきた。再結成したTHE YELLOW MONKEYの健全さを喜ぶことだってできる。

 ごはんが冷めるのが許せない——でも、最近はそうでもない。出来合いのものを買ってきてもらうことも多いし、どちらかといえば作ってもらってばかりいる。たまに元気があるときは私も作るけど、かなり適当になってきた。もうそんなに食事が冷めることが怖くないし、焼けるような執着心と飢餓感に襲われることもない。つまらない人間になったかもしれないけれど、毎日のごはんを、それなりにおいしく食べられている。

餅井アンナ

1993年生まれ。ライター。食と性、ジェンダー、生きづらさについての文章を中心に書いています。wezzyでは連載「妄想食堂」などを執筆中。マガジンtb(タバブックス)にて心身の防御力低めな往復書簡連載『へんしん不要』も。食と性のミニコミ『食に淫する』制作。

twitter:@shokuniinsuru

http://shokuniinsuru.tumblr.com/

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失われた愛を求めて―吉井和哉自伝